覚え書:「やまゆり園事件が残したもの:上 障害・差別――私は伝えたい」、『朝日新聞』2017年07月24日(月)付。

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やまゆり園事件が残したもの:上 障害・差別――私は伝えたい
2017年7月24日
 
「ぬーたんがとぶ日」の読み聞かせに聴き入る子どもたち=京都府舞鶴市
 障害者施設「津久井やまゆり園」(相模原市)で19人の入所者の命が奪われた事件から、まもなく1年を迎える。事件とどう向き合い、その教訓をどのように伝えていくのか。模索している人たちを訪ねた。

 ■絵本読み聞かせ、心に理解の種まく

 京都府舞鶴市の朝来幼稚園では、「ぬーたんがとぶ日」という絵本を教材に使っている。7月上旬、年長組の教室で、担任の藤本友美さん(39)が読み聞かせをした。

 主人公の「ぬーたん」は、京都府の鳥にも指定されているオオミズナギドリ。翼が大きくて地面から飛び立てないため、一度高い場所に登ってから飛ぶ。飛ぶことが苦手な「ぬーたん」が、少年の後押しを受けて大空へ羽ばたいていく物語だ。

 読み終えた藤本さんが感想を聞くと、幼児たちから次々と声が上がった。

 「困っている人がいたら助けたい」「ぼくもお友達に助けてもらって、できるようになったことがあるよ!」

 この絵本は、市内で知的障害者が通う施設を運営する社会福祉法人みずなぎ学園」がつくった。学園の鈴木令子園長(57)は「苦手なこと、できないことは誰にもある。でも、サポートがあれば苦手を克服できる、ということを伝えたかった」と明かす。

 昨年7月の事件後、インターネット上で「障害者はいなくなればいい」という思想に賛同する多くの書き込みを目にした。「『差別はいけない』と頭ではわかっても、心でわかることとは違うんだ」と痛感。かねて構想していた障害者のことを伝える絵本づくりに取りかかった。

 ストーリーは職員が知恵を出し合って考えた。昨年12月に完成し、1万冊を刷って近くにある幼稚園や小学校へ寄付。鈴木園長が20校ばかり訪ね歩き、直接、制作した思いも伝えた。

 朝来幼稚園では、昨年末から読み聞かせを続けている。「社会の中で自分と違う人がいるのは当然。その当たり前の事実を受け入れられる柔軟性を子どもは持っています」と畠中好野園長(66)。園には左腕に障害がある子もいるが、両手が必要になる場面では自然に周りの園児がサポートしているという。

 市立志楽小学校でも全校集会で朗読し、絵本に込められた思いも説明している。村川広美校長(58)は「最初に子どもの心にどんな印象を与えるか。それが、その後の考え方、生き方にも大きく関わってくる」と話す。

 ある日、校庭で遊ぶ児童に「将来は何になりたい?」と尋ねると、6年生の女児から「将来はハンディキャップを抱える人を助ける仕事がしたい」という答えが返ってきた。近所なのに存在も知らなかったみずなぎ学園を訪ね、「絵本をありがとう」とお礼を伝えた児童たちもいた。

 村川校長は、こう考える。

 「子どもには、まだ事件の背景まで理解できないかもしれない。ただ、どんな人にも命があり、そのすべてが大切なんだと伝えていく『種まき』は大事。どんな花が、いつ咲くのか。それはわからないけど、子どもが知らないことを知る機会は大切にしたい」

 今後は、学園と交流する機会をつくろうと思っている。

 ■優生思想、向き合う講座

 6月10日、北海道江別市札幌学院大学で、やまゆり園事件を考える公開講座が開かれた。5月から7月まで15回にわたる連続講座の一環で、学生や市民ら約60人が参加。骨が折れやすい障害で車いすを利用している安積遊歩(あさかゆうほ)さん(61)が講師を務めた。

 テーマは、人の命に優劣をつける「優生思想」。安積さんは、自らの半生を語った。

 重い障害のある人は医学の実験台になるほか存在価値はない――。中学生時代の弁論大会で、こんな趣旨の発表をしようとして、教師に叱責(しっせき)された。「施設の暮らしで追い詰められ、私たちは迷惑な存在で死ぬべきであると本気で思わされるようになっていった」と振り返る。

 そして、参加者に「あなたが障害者になるとしたら、どんな障害になりたいか」と問いかけた。心の中に潜む意識と向き合おうとする試みだ。

 選択肢は「重複障害」「知的障害」「聴覚障害」「視覚障害」「車いす使用者」の五つ。安積さんは「ばかげているとか、考えたくないとか、いろいろな気持ちがあると思う。でも、それが優生思想の始まりです」と解説した。

 参加者は選んだ障害ごとにテーブルにわかれ、互いの話を聞きあった。「知的障害」を選んだ大学生は、「興味のあることに打ち込める発達障害の弟が大好きで選んだ」と説明した。一方で、「『この障害より、この障害の方がまし』とランク付けをしてしまう。これは優生思想なのか」と戸惑う声もあった。

 安積さんは「みな何もできない赤ちゃんとして生まれ、要介護や認知症の高齢者になって死んでいく。人生の一時期だけ『障害のない人』であるに過ぎない」と強調し、こう呼びかける。

 「障害を持つことへの想像を閉ざさず、心の奥底にある優生思想を見つめてほしい」

 (中井なつみ、編集委員・清川卓史)

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 「やまゆり園事件が残したもの」は3回にわたって連載します。あすの(中)は、知的障害の人が働くパン屋さんからのメッセージを紹介します。
    −−「やまゆり園事件が残したもの:上 障害・差別――私は伝えたい」、『朝日新聞』2017年07月24日(月)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S13052537.html





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