覚え書:「やまゆり園事件が残したもの:下 地域に開く、支え合い歩む」、『朝日新聞』2017年07月26日(水)付。

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やまゆり園事件が残したもの:下 地域に開く、支え合い歩む
2017年7月26日
 
リビングでくつろぐ利用者と職員。右から古田さん、関口さん、木内さん、世話人の伊藤梅子さん=千葉県袖ケ浦市
 ■共生へ、防犯強化だけでなく発信

 千葉県袖ケ浦市の住宅街にある障害者のグループホーム「たんぽぽの家」には、50代から70代までの男性6人が、世話人の支援を受けて共同で暮らす。

 7月のある夕方、木内弘さん(73)がデイサービスから戻ってきた。勤め先から帰ってきた古田和彦さん(51)と一緒に、リビングでくつろぎながらテレビを見た。

 「俺にとって、ここは最高。みんなけんかしないし、ずっといたい」と木内さん。外出するのも自由だ。

 このグループホームを運営するNPO法人「ぽぴあ」は、障害のある子どもがいる親たちが中心になって立ち上げた。グループホームの利用者は、清掃を手伝ったり夏祭りなどの行事に参加したり、地域に深くかかわっている。

 その狙いについて、ぽぴあ理事長の関口幸一さん(69)は「利用者が外に出ていくことで、地元の人に受け入れてもらってきた。みんなに普通の暮らしをしてほしい」と説明する。

 昨年7月、相模原市の障害者施設「津久井やまゆり園」で入所者が殺される事件が発生した。これを受け、厚生労働省は9月に福祉施設などの防犯を強化するための通知を出し、防犯カメラなどを設置する場合の費用を補助する予算を増やすことを決めた。

 防犯カメラを設置するかどうか、関口さんは迷った。これまで「利用者を監視するようなことはしない」と設置は考えていなかった。だが、今回は「利用者を守る責任がある」と踏み切った。運営するグループホーム4カ所の周囲にカメラを設置する予定だ。

 日本社会事業大の佐藤久夫教授(障害者福祉論)は「防犯強化や出入り制限など、障害者が生活する場が入りにくくなっている面もある。理解はできるが、開かれた運営を続けていかないと、障害者が地域と交流しながら暮らす方向から遠ざかってしまう」といった懸念を示す。そのうえで、こう指摘する。

 「事件は地域に開いた施設だから起こったのではない。障害者を排除する発想に立ち向かい、理解を広げる活動こそ進めていく必要がある」

 関口さんも「防犯を強化するだけでは、事件は防げない」と思っている。

 ぽぴあは支援者の有志と9年前から、地域の人に障害者への理解を深めてもらうシンポジウムを企画し、障害者自らが語るイベントを開いている。今年1月にはやまゆり園事件をテーマに、「誰もが住みやすい街づくりフォーラム」を開いた。

 関口さんは「障害者に対する理解や共生の理念がかたちだけになっていないか、多くの人に問い続けていく必要がある」と感じている。

 ■囲炉裏端研修・「人権新聞」… 悩む職員の心身、ケア

 東京都文京区の障害者施設「リアン文京」では、月1回程度のペースで管理職と数人ずつの職員を対象にした「囲炉裏端研修」が開かれる。お酒もまじえて食事をし、互いの思いを伝え合う。相談しやすい雰囲気をつくろうという試みだ。

 この施設は毎年10人前後の職員を採用しているが、最近は他の業種から転職してきた人も多い。「入所者と濃密に関わるなか、気持ちが伝わらないことも多い。経験が少ないうちは、そうした現実に仕事の喜びも見失いがちだ」と山内哲也施設長。そこで、普段は入所者の対応に追われて交流を持ちにくい職員同士が悩みを共有するため、2年前から始めた。

 やまゆり園事件後には、職員向けに憲法の基礎知識やマイノリティーの人のニュースなどをまとめた「人権新聞」を毎月発行するようになった。自らの仕事の意義を理解し、障害者施設で働くうえで欠かせない人権意識を養ってもらいたいと思ったからだ。

 山内さんは「人間そのものに寄り添うのが福祉の理念。そのことを忘れないためにも職員同士が支え合い、社会とつながっているという意識を持つことが重要だ」と話す。

 福祉施設職員に関する研究をしているルーテル学院大の関屋光泰・助教は、東京都内を中心に約60カ所の障害者施設などで職員向けのストレスケア研修を行ってきた。

 「忙しい時に利用者への言葉がきつくなり、そんな自分を責めてしまう」「自分の感情をコントロールできなくならないか不安だ」

 研修の受講者からは、そんな悩みが多く寄せられる。

 関屋助教は「利用者の障害や個性に応じた振る舞いや言葉遣いが常に求められ、精神的に疲弊しやすい。自分が理想とする支援ができず、自己嫌悪に陥る職員も多い。支援の質を保つためには職員の心身の安定が重要。精神的ケアの必要性に改めて目を向けるべきだ」と訴える。

 (畑山敦子、佐藤啓介)
    −−「やまゆり園事件が残したもの:下 地域に開く、支え合い歩む」、『朝日新聞』2017年07月26日(水)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S13055742.html


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