覚え書:「金子兜太が詠む「原爆の図」 未来へ向かう展示「人間の精神を太くする」」、『朝日新聞』2017年08月07日(月)付。

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金子兜太が詠む「原爆の図」 未来へ向かう展示「人間の精神を太くする」
2017年8月7日

写真・図版
「原爆の図」を鑑賞する金子兜太さん=埼玉県東松山市、関田航撮影
 朝日俳壇選者の俳人金子兜太さん(97)が、画家の丸木位里(いり)・俊夫妻による大作「原爆の図」シリーズを展示する原爆の図丸木美術館(埼玉県東松山市)を初めて訪れた。原爆の惨禍が描かれた大画面を前に、感じたことを語り、受けた思いを句に詠んだ。(小川雪)

 「これは、群衆ですな。妙なリアリティーがある」。展示室に足を踏み入れた瞬間、金子さんがつぶやいた。炎に包まれ、水を求めて逃げ惑う人々。折り重なる死体の山。作品はどれも、大勢の人間で画面が埋め尽くされている。同館学芸員の岡村幸宣さん(43)が「丸木夫妻が最も伝えたかったのは生身の人間の痛み。どの絵にもキノコ雲を描かず、あくまで人間を描いた」と説明する。

 金子さんは、原爆の図を印刷物では見たが、実物は初めて。焼けただれた体でさまよう人々を描いた第1部「幽霊」をじっと見つめるうち、自句を口ずさんだ。

 《彎曲し火傷(かしょう)し爆心地のマラソン

 1961年に、転勤先の長崎で詠んだ代表句の一つ。爆心地に至る峠道を走ってくるランナーを見て「人間の体がぐにゃりと曲がり、焼けて、崩れる映像が浮かんで」生まれた句だ。「この句と原爆の図に重なる部分がある」。金子さんは俳句を「優れた映像的イメージを頭の中で作り出し、それを書きとめたもの」と捉える。両者とも、表現者の内的衝動の結実であり、湧きあがる映像を感じるという。

 一方で「泥つきの現実をありていに描いた丸木夫妻の絵はより文学性が高く、俳句はより映像的」と違いも口にした。また、絵の中央に立つ裸の女性に目をとめると「何も隠さないぞという姿勢を感じる」と感心した様子で語った。

 炎にまかれた人々を描いた第2部「火」には、「色が呼吸しているようだ。動いている」。岡村さんが「位里は日本画家で俊は洋画家。異なる個性と技法が交じり、独特の雰囲気を生んだ」と話すと「生動と死滅を感じる」と見入った。そして「私は怖くなる」とつぶやいたのが、川に押し寄せる人々と死体の山を描いた第3部「水」の前で。「死体の手足がネギか何かに見える。肉体が肉体でなくなっていく。このすごさを『神秘的暴露心』と呼びたい」

 広島の惨状を描いた第1〜3部が発表されたのは50年。朝鮮戦争が始まり、レッドパージが日本を吹き荒れた。南洋トラック島で海軍主計中尉として終戦を迎え、復職した日本銀行で組合運動に注力した金子さんが、組合の切り崩しで福島支店に「飛ばされた」年だ。「絵から、あの時代のひりひりした感じも伝わってくる」と話した。

 展示を見て、過去のものを見せるという展覧会のイメージが大きく変わったという。展示と、きな臭さの増す現代は接続し「未来へ向かうエネルギーが、薄気味悪いものも含めて感じられる。しっかりしなくちゃいかん、と思わせられる。原爆の図のスケールの大きさは、人間の精神を太くするね」。

 この日の思いを一句に託した。

 《被爆直後夫妻の画象大きく太し》 兜太

 <原爆の図> 丸木位里(1901〜95)、俊(1912〜2000)夫妻が、1950年から82年にかけて描いた全15部の連作絵画。各縦1.8メートル、横7.2メートルの屏風(びょうぶ)に、ほぼ等身大の人々が描かれる。初期作の発表時は占領下で、原爆に関する情報が制限されていた。反響は大きく、絵は草の根の運動で全国巡回した。近年改めて注目され、2015年は米国、今年はドイツで一部を展示した。美術館は今年開設50年。
    −−「金子兜太が詠む「原爆の図」 未来へ向かう展示「人間の精神を太くする」」、『朝日新聞』2017年08月07日(月)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S13075649.html


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