日記:善き物語のしぶとい力


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村上 ただ、やっぱり無力感は感じますよね。僕が何を言っても、それで世の中が変わるわけじゃないし、むしろだんだんひどくなってきているみたいだし。そういうのを見ていると、あとはもう小説を書いていくしかないんだろうなと思う。たとえば僕が具体的に政治的な発言をしても、それに反対する意見を持つ人は、たぶんすぐ何か言い返しますよね、ツイッターとかで。そういう次元の発展性のない、つまらない争いに引き込まれるぐらいだったら、もう論争とか関係なく自分の小説を、物語というものを、正面からぶつけていきたいですよね。ツイッターとかフェイスブックとかとは、真逆の方法を使うしかない。
−− 小説家はもう、そっちに関わっている暇はないと。
村上 純粋な消耗です。
−−われわれは小説を書くんだと。人々が書いた物語を読んで、それがすぐメッセージとしてみんなに伝わるようなものでもないけれども、それは戦い方の違いであって、それも一つの戦いであるという実感があるということですね。
村上 そうだね。南京虐殺の問題を例にとると、否定する側には想定問答集みたいなものがあるわけです。こう言ったら、向こうはこう言い返す。こう言い返したら、今度はさらにまたこう言い返す。もうパターンがそっくり決まってるわけ。カンフー映画の組み手と同じで。ところが、話を物語というパッケージに置き換えると、そういう想定問答集を超えることができるんです。向こうもなかなか有効には言い返せない。物語に対しては、あるいはそれこそイデアやメタファーに対しては、何を言い返していいのかよくわからないから、遠巻きに吠えるしかない。そういう意味で、物語というのは、こういう時代には逆にしぶとい力を持ってくるわけです。前近代の強みっていうか。もしそれが強く、「善き物語」であるのならということだけど。
−−前近代の強み。物語はそこを免れることができるということでしょうか。
 村上 免れるというか。それを超えていかなければ物語の力はない。
    −−川上未映子村上春樹『みみずくは黄昏に飛びたつ』新潮社、2017年、335−336頁。

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