覚え書:「【書く人】オウム死刑囚との時間『逆さに吊るされた男』  作家・田口ランディさん(58)」、『東京新聞』2017年12月10日(日)付。

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【書く人】
オウム死刑囚との時間『逆さに吊るされた男』  作家・田口ランディさん(58)

2017年12月10日


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 「社会に何かを問いたいとは、考えていない。私と彼との個人的な関係を書いただけ」。そう語る田口ランディさんは、オウム真理教による一九九五年の地下鉄サリン事件の実行犯、林(現・小池)泰男死刑囚と十四年交流し、このたび長編小説を完成させた。「出版まで長くかかったけれど、自分ではとっても納得しています」と語る。

 映画監督の森達也さんから、林死刑囚に「会ってみないか」と誘われたのがきっかけだった。最初の一、二年は週一回ペースで文通。自宅から三時間かけて東京拘置所に通い、五十回ほど面会もした。その実体験を基に本作を書き上げた。

 主人公は、田口さんをほうふつさせる女性作家・羽鳥よう子。死刑囚「Y」との交流を通し、「オウムを理解したい」と夢中になる。教団関係者に話を聞き、教義を学び、裁判を傍聴。「私だけが、事件の真実に近づけるはず」と、独自の解釈にのめり込む−。

 作中には松本サリン事件の被害者、河野義行さんや作家の故佐木隆三さんら実在の人物が実名で登場する。ある禅僧は「オウム事件を真に反省するとは」と問う主人公に「事件を忘れることだ」と語る。「それでは世間が許さない」と主人公が迫ると、僧は「許さないのは世間ではなく、あなたでしょう」と答える。

 ノンフィクションではないと分かりつつ、何ともスリリング。臨場感にあふれた筆致は、事件の記憶がない若い読者もひきつける。

 田口さんは「事件について本にするつもりはなかった」と言う。だが、二〇一四年にオウム事件裁判員裁判を傍聴。証人出廷した林死刑囚がカーテンで傍聴席から完全に隠されたことに衝撃を受けた。長時間の肉声の証言を聞いて、リアルな現場が浮かんだ。「裁判での遮蔽(しゃへい)措置も、裁判員とのやりとりも、何かがずれていた。それを小説に書きたい、と思いました」

 昨年、原稿が完成し、林死刑囚にゲラを渡した。「出版の件についてはおまかせします」という手紙が来るまで、一年待ち続けた。

 林死刑囚と会うまで、オウムとは無縁の人生だった。「全く当事者性のない自分」が出発点。だから本書の結末も、決して読者を「事件が分かった」という気にはさせない。文中の言葉がそれを表す。「人は、見たいものを見る。他を排除してでも」

 河出書房新社・一八三六円。 (出田阿生)
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