覚え書:「日曜に想う 未来世代に仕掛ける戦争 編集委員・福島申二」、『朝日新聞』2017年08月20日(日)付。

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日曜に想う 未来世代に仕掛ける戦争 編集委員・福島申二
2017年8月20日
 
「うれしすぎて」 絵・皆川明
 風がさわやかな夏の一日、北海道にある富良野自然塾を訪ねて、直径を1メートルに縮尺した石製の「地球」を見た。富良野に暮らし幾多の舞台や名作ドラマを生んできた脚本家の倉本聰さん(82)が主宰する、体験型の環境教育の場である。

 人の想像力は、あまりに大きなものには及びにくい。うんと小さくすることでイメージを深めてもらおうと極小の地球をつくった。このサイズだと、海の水は全部でビール瓶1本分しかない。無尽蔵に思われる海の、心細くなるほどの有限性に、はたと目を開かされる。

 空も無窮に思えるけれど、旅客機の飛ぶ高さは地表から1ミリほど。人間は天地のはざまにへばりつくように生かされている存在だと、あらためて実感する。

 「それなのに」、と塾長でもある倉本さんは心配顔で言うのである。「地球を食いつぶしながら我が世の春を謳歌(おうか)して、あげくに未来をごみ箱にしているのが私たちだとは思いませんか」

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 歳月をかけて地球が蓄えた石炭や石油を大量消費して、私たちは華やぐ。

 二酸化炭素など温室効果ガスの排出量は跳ね上がり、それが主因とみられる温暖化が進む。極地の氷は解け、海面は上昇し、多発する洪水や干ばつが新たな貧困を生んで、紛争やテロの種をまく。

 そうした気候変動への危機感を各国が共有したのが、温暖化対策の新しい国際枠組み「パリ協定」である。2年前、190を超す国が利害をこえて合意し、昨年秋に発効した。地球を後世に引き継ぐという「意志」が吹き込まれた、人類共通の財産ともいえるものだ。

 ところが、例によってトランプ大統領である。「アメリカ第一」をうたう身勝手な理屈を並べて離脱を表明し、先日正式に国連に通知した。2年前に繊細で困難な合意を主導したのは米国だった。この人は就任以来、合理や公正より好悪と算盤(そろばん)でものごとを計り、前任のオバマ氏のレガシー(政治的遺産)をともかくつぶすという自己顕示が先に立つ。

 温暖化を虚構だと言うトランプ氏の頭には、化石燃料の煙をもくもく噴き上げるのが「強いアメリカ」という図があるのだろうか。不都合な事実にふたをするためか、環境保護局や海洋大気局の予算は大幅に削られると伝えられ、国内外に懸念と反発の声が広がっている。

 環境問題と大統領で思い出すのは、あの「沈黙の春」である。1960年代初め、米の科学者レイチェル・カーソンが著書で農薬のもたらす環境汚染を告発すると、業界は「根拠がない」と猛反発した。しかしケネディ大統領は告発の重みを見抜いて当局に調査を指示した。そうして流れは変わり、農薬の使用をできるだけ減らす考え方は広まっていった。

 ケネディは偉かったと手放しで持ち上げるつもりはないけれど、現職との落差には心底暗然とさせられる。

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 富良野自然塾に戻れば、その森には地球の46億年を460メートルに置き換えた「地球の道」がある。1億年が10メートル。歩いていくと終点間際の数センチで現在の人類が現れ爆発的に繁栄しているのがわかる。終点の先には「地球は子孫から借りているもの」と刻んだ石板が据えてある。

 その石板の文字に、ドイツの故ミヒャエル・エンデがふと重なった。「モモ」で知られる世界的な児童文学者は「わたしたちは、わが子や孫に向かい、来(きた)る世代に対して、ようしゃない戦争を引き起こしてしまった」と書いていた。

 容赦ない戦争とは地球環境の破壊のことだ。エンデはこれを第3次世界大戦だという。「だが、子孫は応戦できないから、わたしたちはこのままさらに進めてゆく」。そのあげく私たちは、自分にこう言い聞かせて良心をなだめるのだと彼は書いている。「わたしたちがおこなったひどいことを償うために、子孫はなにか思いつくにちがいない、と」(田村都志夫訳「エンデのメモ箱」から)

 地球温暖化に核廃棄物、さらには資源の消尽。先祖の愚挙や暴挙に、まだ生まれぬ未来世代は一言の異議も撃ち返せない。北の森で考えた。1世紀先を想像して「飽(ほう)」を減らし「贅(ぜい)」を削りたいと。
    −−「日曜に想う 未来世代に仕掛ける戦争 編集委員・福島申二」、『朝日新聞』2017年08月20日(日)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S13094802.html





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