覚え書:「女性の自由、役も人生も貫く 政治的発言、辞さない面も 仏女優、ジャンヌ・モロー」、『朝日新聞』2017年08月21日(月)付。

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女性の自由、役も人生も貫く 政治的発言、辞さない面も 仏女優、ジャンヌ・モロー
2017年8月21日

死刑台のエレベーター」のジャンヌ・モローザジフィルムズ提供
 
 先月末、89歳で死去したフランスを代表する女優、ジャンヌ・モロー。晩年まで、女であることの喜びや悲しみを気高く演じ続け、役柄でも私生活でも世の規範にとらわれない自由な生き方を貫いた。

 デビュー当時から「不美人」と言われた。グレース・ケリーなど正統派美人と比べられ、大きな口や低い鼻をあげつらわれた。だが卓越した演技力で、20代で演劇界で名をあげる。

 1958年、まだ駆け出しのルイ・マル監督に共鳴し「死刑台のエレベーター」に主演。愛人に夫を殺させ、完全犯罪に仕立てようとする社長夫人役を演じた。マルはモローの魅力を引き出そうとほぼノーメイクで演じさせ、自然光で撮影。作品はフランスの映画改革運動「ヌーベルバーグ」の「発火点」と呼ばれ、世界的に大ヒットした。

 マル監督と恋に落ち、フランソワ・トリュフォーら俊英監督からあがめられ、ピエール・カルダンに一目ぼれした。2度結婚し、多くの浮名を流したが「男たちは捨てられた女は泣くものだと信じたがってる。女も男と同じように荷物をまとめて飛び出すことができるって知るのが怖いのね」(「女優ジャンヌ・モロー 型破りの聖像(イコン)」日之出出版)と語るように、何より自由を尊んだ。

 84歳で主演した「クロワッサンで朝食を」(2012年)では、そんなモローの毅然(きぜん)とした生き方と重なる老婦人フリーダを演じた。気難しいフリーダと家政婦として派遣された中年女性のアンヌ、フリーダの元恋人で30歳ほど年下のステファンの交流を描いた作品。エストニアイルマル・ラーグ監督の初長編作で、モローは自前のシャネルスーツで撮影に挑んだ。

 日本ではフランスの4倍の15万人を動員するヒットとなり、60、70代の女性を中心に映画館の前に長蛇の列ができた。新しい才能を見いだすモローの感性は、晩年まで衰えなかった。

 パリ在住の映画ジャーナリスト林瑞絵さんは「日本の女優は一定の年齢を超えると、妻や母親、祖母と型にはまった役が多い。ステレオタイプに飽き飽きしていた女性たちが本当に求めていた作品だった」と語る。インタビューで訪れたパリの自宅では、本棚に囲まれた簡素なリビングで「本だけは手放せない」「孤独もまたプレゼント、大切な友達」と語ったという。

 人工中絶の自由化を支持したり、フランス初の女性大統領を目指したセゴレーヌ・ロワイヤルの支持を表明したりと政治的な発言も辞さなかった。「自身の体験から培ってきた哲学があり、芯のある大人の女性の代表格だった」と林さん。

 死後、アカデミー賞女優のマリオン・コティヤールは「あふれる才能、大胆不敵な言動は、何世代もの女優や俳優たちに大きな影響を与えて、これからも与え続ける」とツイート。マクロン仏大統領は「本当の自由と共に人生のつむじ風の中を生きた芸術家だった」と悼んだ。

 ファッション誌「エル・ジャポン」(ハースト婦人画報社)では、今月発売の10月号で5ページの追悼特集を組む。女優としての功績だけでなく、その人生や親交が深かったココ・シャネルやカルダンの服を自由に着こなす様子も紹介する。編集者の弓山奈穂実さんは「自由なパリジェンヌの象徴として、今でも色あせない魅力を幅広い世代に伝えたい」と話す。

 (伊藤恵里奈)

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 Jeanne Moreau 1928年、パリ生まれ。父はフランス人、母は英国人。映画の代表作に「恋人たち」「突然炎のごとく」「エヴァの匂い」「黒衣の花嫁」など。60年に「雨のしのび逢い」でカンヌ映画祭の最優秀女優賞を受賞。監督作には「ジャンヌ・モローの思春期」なども。
    −−「女性の自由、役も人生も貫く 政治的発言、辞さない面も 仏女優、ジャンヌ・モロー」、『朝日新聞』2017年08月21日(月)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S13095879.html



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