覚え書:「新哲学対話―ソクラテスならどう考える? [著]飯田隆 [評者]野矢茂樹(東大教授)」、『朝日新聞』2017年12月17日(日)付。

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新哲学対話―ソクラテスならどう考える? [著]飯田隆
[評者]野矢茂樹(東大教授)
[掲載]2017年12月17日

プラトンの文体、生き生き再現

 知る者は知らない者の優位に立つ。知は容易に上下関係を生む。ところが、ソクラテスは無知の人であった。そこは知らない者こそが活躍する場なのだ。
 本書は、プラトンの対話篇(へん)を模した四編から成る。ここに登場するソクラテスも無知の人であり、ありがたい真理を手っ取り早く教えてくれたりはしない。だから、教えを乞う読者や権威に従っていたいだけの卑屈な知性には、この本はまったく楽しめないに違いない。逆に、自ら考え知ろうとする知性には、こんな面白い本も珍しい。
 新たな哲学問題に気づかされ、立ち止まり、一つずつ検討しながら、ゆっくりと考えていく。何かとせっかちな時代にあって、私たちはこの思考のテンポを取り戻さねばならない。そのために対話は、最善の、おそらくは唯一のかたちだろう。自分と異なる考えに心を開き、吟味しつつ、自分の足で進んでいく。その間ずっとソクラテスが、正解を教える人としてではなく、ともに考える人として、あなたの隣にいる。
 取り上げられる話題は四つ。一つ目、ものごとのよし悪(あ)しは主観的な意見にすぎないのか、それとも何か客観的な基準があるのか。この問題をワインのよし悪しで論じる。二つ目、人工知能は考えていると言えるのか。三つ目、未知の外国語を耳にしたときの聞こえ方と、その言語を習得したあとの聞こえ方は違う。そうした経験は言葉を理解することとどう関係するのか。四つ目、「この文が真であることをだれも知らない」という文によって生じるパラドックス。とくにそれとゲーデル不完全性定理との関係について。
 いやしかし、この書きぶりのみごとさときたら! プラトン対話篇(の翻訳)の文体が生き生きと再現されている。まさに、ものまね芸人が誰か有名人の言いそうなことをその人そっくりに喋(しゃべ)ってみせたときの、爆笑ものの痛快さ。名人芸としか言いようがない。
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 いいだ・たかし 48年生まれ。日本大学教授(哲学)。著書に『言語哲学大全』『ウィトゲンシュタイン』など。
    −−「新哲学対話―ソクラテスならどう考える? [著]飯田隆 [評者]野矢茂樹(東大教授)」、『朝日新聞』2017年12月17日(日)付。

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