覚え書:「改訂を重ねる『ゴドーを待ちながら』―演出家としてのベケット [著]堀真理子 [評者]保阪正康(ノンフィクション作家)」、『朝日新聞』2017年12月17日(日)付。


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改訂を重ねる『ゴドーを待ちながら』―演出家としてのベケット [著]堀真理子
[評者]保阪正康(ノンフィクション作家)
[掲載]2017年12月17日

■20世紀後半の人間示す不条理劇

 登場人物は大人の男性四人、少年一人。「初老の浮浪者らしい男二人が、ゴドーという名前の何者かを待っている」、そこへ地主と奴隷と称する男が登場、四人のやりとり、次に少年が現れ、「ゴドーさんは来ません」と告げる。二幕目、やはり四人の会話のあと、少年が現れ一幕と同じメッセージを託する。初老の二人、「行こう」と言いながら動かない。そして閉幕。
 サミュエル・ベケットが1949年に脚本を書き、53年にパリで初演のこの舞台劇、20世紀後半の演劇界に衝撃を与えた。ゴドーって一体誰? どんな存在? 死とか神とか、はては救世主、とにかくさまざまな解釈がなされた。いわば不条理演劇なのだが、ベケット自身、問われるたびに「わからない」と答える。
 アイルランド生まれのベケットは、フランスに住み、フランス語で書く。アイルランド独立運動ナチスのフランス占領などを体験したあとの作品で、ベケットは自らの演劇が視覚的な舞台に変えられたり、女性を登場させたりすると訴訟に持ちこみ、自らの望む形の演出を要求する。
 ベケットの生の軌跡や演劇観を追いながらまとめた本書は、この不条理劇そのものが20世紀後半の人間像を示しているとの分析を試みている。斬新なモチーフで、確かに人々は何かを求めていたのである。
 ゴドーとは何なのか。むろんあっさり決めつけるわけにいかないが、つまりは観客が勝手に決めて見ていればいいと気づいてくる。かつて評者は60年代初めにこの演劇を見たときに、ゴドーは「私自身の未来だ」と興奮した。老いた今、ゴドーは「死」ではないかと受けとめている。
 本書は日本の演劇人たちのゴドー劇も語っている。別役実の「やってきたゴドー」など、日本では視覚化する点が特徴のようだ。ゴドーが現実にあらわれると、誰にも信用されずに愚弄(ぐろう)されて退場する。日常の不条理という捉え方だ。
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 ほり・まりこ 56年生まれ。青山学院大教授(英米文学・演劇学)。著書に『ベケット巡礼』など。
    −−「改訂を重ねる『ゴドーを待ちながら』―演出家としてのベケット [著]堀真理子 [評者]保阪正康(ノンフィクション作家)」、『朝日新聞』2017年12月17日(日)付。

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改訂を重ねる『ゴドーを待ちながら』 〔演出家としてのベケット〕
堀 真理子
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