覚え書:「平成とは プロローグ:1 さらば「昭和」、若者は立った」、『朝日新聞』2017年08月27日(日)付。

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平成とは プロローグ:1 さらば「昭和」、若者は立った
2017年8月27日
 
写真・図版
昭和と平成、多様化する人生すごろく<グラフィック・岩見梨絵>
 
 (1面から続く)

 今年5月、ネット上に投じられ、議論の輪が広がった文書がある。水面に放り込まれた石のように。

 「不安な個人、立ちすくむ国家」と題された65ページの文書を作ったのは、経済産業省に所属する20代、30代の官僚30人。ダウンロードは140万回を超え、ネット上で賛否が渦巻いた。

 内容は、国家官僚が作成したとは思えないものだ。何しろ、「国家が立ちすくんでいる」ことを認めているのだから。

 「現役世代に極端に冷たい社会」「若者に十分な活躍の場を与えられているだろうか」。少子高齢化、格差と貧困、非正規雇用、シルバー民主主義などの現実を背景に、そう文書は問題提起する。

 なかでも目を引くのは、「昭和の人生すごろく」という言葉だ。「昭和の標準モデル」を前提にした制度と価値観が、変革の妨げになっている。つまり、終わった昭和にすがり付いているのが日本だという。

 平成世代の官僚が、文書の作成にかかわった。基準認証政策課の伊藤貴紀(26)、コンテンツ産業課の今村啓太(27)は共に、東日本大震災後に官僚になっている。

 「平成は当たり前が当たり前でなくなった時代。このままではまずいという危機感は、若手ほど強いように思う」と伊藤。「日本の今後を支えるのは若い人たち。資源の配分でも、そんな世代を重視するべきでは」と今村は語る。

     *

 昭和と平成。基本的に、天皇の代替わりによる時代の区切りと社会の変化に因果関係はないはずである。しかし、単なる偶然ではあるものの、平成という時代は、大きな社会変動とぴたりと重なった。

 世界規模では冷戦終結と同時にグローバル経済が開花し、IT革命が進行した。国内ではバブル崩壊55年体制の終わりが同時に訪れた。そして、人口減少が急ハンドルを切る。

 右肩上がりの経済、会社丸抱え人生、両親と子2人の標準家族、分厚い現役世代に支えられた社会保障。そんな「昭和の前提」が崩れたのに、日本は有効な手を打たなかった。そのツケは、若い世代にことさら、重くのし掛かる。

 梅雨明けぬ7月中旬、霞が関のビルの一室に、経産省の文書に触発された人々が集った。

 今村や伊藤ら官僚にくわえ、シンクタンクNPOの職員、地方公務員ら多様な人材が参加した。ここでも中心となったのは、平成世代である。

 若者が地元に興味を持つにはどうしたらいいか。そんなテーマで集まった分科会で、愛知県新城市の若者議会の試みを紹介したのは、室橋祐貴(28)だった。

 少子化で人口が少なく、投票率も低いから、政治への影響力が薄い。そんな若年層の声を政治に届ける利益団体、「日本若者協議会」の代表をしている。

 20代の政治参加を可能にするため、被選挙権年齢と供託金の引き下げを求めているが、その手法はロビー活動だ。SEALDsが安保法制反対デモをしていた一昨年の夏も、自民党本部で議員らと会合をしていた。若者政策を推進する超党派議連を作るのが次の一手だという。

 平成が始まる直前に生まれた。地元では小中学校が次々と廃校になり、高齢者施設に衣替えした。社会が急速に変化しているのに政策を打ち出すスピードが遅すぎる。室橋を動かすのは、そんな思いだ。「平成は変化に追いつけなかった時代。若い世代にもっと早く、バトンを渡すべきでしょう」

 もっと直接的に、若者が政治に踏み込む手助けをしようと考えているのは、岐阜県垂井町議の太田佳祐(31)である。

 地方議員を目指す若手を集めた勉強会「登竜門」を呼びかけた。10年後、20年後の当事者になる若者こそ、政治の意思決定にかかわるべきだと思うから。

 「立候補する際、地元の自治会長にどうあいさつをしたらいいでしょうか」。今年7月、名古屋で初会合を開き、政治に興味を持つ社会人や学生のそんな質問に、若手議員が答えた。

 太田も加わる「ユースデモクラシー推進機構」代表の仁木崇嗣(30)が目指すのは、「デジタル時代の自由民権運動」だ。2年前の統一地方選で当選した1985年以降生まれの議員はわずか136人。その少数派たる若手議員の地元を自分の足で回ってネットワーク化し、「シルバー民主主義」とは対極の名を付けた。

 若い世代ほど政治にかかわるべきだと仁木も言う。「党派や思想が違っても、同じ時代の変化を共有する私たちの世代は、横につながることができる」

     *

 時代のバトンを次世代に渡し損ねているのではないか。そんな問いかけをしたとしたら、平成世代はこう言うだろう。

 何をいまさら、と。

 子どもの数が減り続けるなか、若者を不安定雇用に押し込めれば、どうなるか。みんな、年長世代は分かっていたはずだ。朝日新聞は10年前、就職氷河期に社会に出た世代を「ロストジェネレーション」と呼び、非正規雇用や時代の変化に苦しむ若者たちについて報じた。私は、取材班の一員だった。

 分かっていたのに手を打たなかったのは、自分も含めた上の世代である。

 経産省の前身、通産省の官僚だった作家の堺屋太一(82)は20年前、朝日新聞に「平成三十年」という小説を連載した。人口が減少するなか、東京一極集中が続いて地方は衰退、国の借金は増え続ける。そんな平成30年の日本を描いた未来予測小説だ。単行本化した際の上巻の副題は「何もしなかった日本」。

 「現実は、その予想よりもさらに『何もしなかった』のが日本でしょう」と堺屋は振り返る。

 小説の登場人物は、こう言う。「1990年には冷戦の戦勝国でした。だが、そのあとの28年間は敗退続きです」

 経産省の若手官僚らによる文書は最後に、こんな言葉を強調している。

 〈この数年が勝負〉

 数年が経てば、平成という時代は終わる。それが単なる偶然に過ぎないとしても。

 (敬称略)

 ■ぬるま湯から跳び出して

 今の日本は「ゆでガエル」だ。そんな例えを取材中、何度か耳にした。水にカエルを入れて、ゆっくり熱すると、跳び出すきっかけを逃して死ぬという、あの真偽不明の寓話(ぐうわ)である。

 昭和とは環境が変わっているのに、考えや仕組みを変えられない。その負債は若者に回され、未来を育む土壌が傷めつけられていく。焼き畑農業のようなやり方では、社会のバトンは次世代に手渡せない。

 私を含めた年長世代の多くは今もぬるま湯につかっている。最初に枠から跳び出すカエルは、若い世代からこそ出てくる気がする。(編集委員 真鍋弘樹=51歳)
    −−「平成とは プロローグ:1 さらば「昭和」、若者は立った」、『朝日新聞』2017年08月27日(日)付。

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(平成とは プロローグ:1)さらば「昭和」、若者は立った:朝日新聞デジタル





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