覚え書:「特集ワイド ヘイトスピーチ対策法施行1年 民族差別拡散 今も 閣議決定 支えに新たな暴言」、『毎日新聞]』2017年06月14日(水)付夕刊。

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特集ワイド

ヘイトスピーチ対策法施行1年 民族差別拡散 今も 閣議決定 支えに新たな暴言

毎日新聞2017年6月14日 東京夕刊


ヘイトスピーチデモへの抗議のため道路に座り込む市民たち=川崎市中原区で2016年6月5日、井田純撮影

ヘイトスピーチ対策法施行1年の記者会見をした参院法務委員会のメンバー=東京都千代田区参院議員会館で2017年6月2日、後藤由耶撮影
 「ヘイトスピーチ対策法」の施行から1年。この間、ヘイトデモは減ったとの調査結果がある。一方、沖縄県民に使われた差別表現が政府の閣議決定で事実上容認され、在日コリアンに向けた侮辱の言葉として拡散した例もあるという。現場でどんな変化が起きているのか。【井田純】

 「法の成立は歴史的な一歩だった。だが、各地でヘイトデモが引き続き行われている」。2日、法制定に関与した与野党議員らが参院議員会館で行った記者会見では、人種・民族的差別を扇動する「ヘイトスピーチ」をなくすため、なお取り組みが必要との声が続いた。

 昨年6月に施行された対策法はヘイトスピーチ解消のための教育や相談体制の整備などを国や地方自治体に求めているが、ヘイトスピーチ自体には罰則規定のない理念法にとどまる。

 4月の参院法務委員会での警察庁答弁によると、法施行から今年3月までの「右派系市民グループによるデモ」が、前年同期の約60件から約30件に減少したとされる。だが、ヘイトスピーチの調査を続ける関東学院大非常勤講師の明戸(あけど)隆浩さん(社会学)は「ネット上のデータを基にした分析によると、ヘイトデモ件数は法成立前の2014年の122件をピークに減少傾向にあり、純粋に法の効果かどうかは議論の余地がある。また、道路使用許可の申請が必要なデモではなく、街頭で行う街宣件数では大幅な減少がみられないというデータもある」と指摘する。

 川崎市中原区では昨年6月5日、ヘイトデモ計画に抗議する市民が座り込み、主催者に警察が働きかけて中止に追い込んだケースがあった。しかし、明戸さんは「今から見るとこれが例外。依然として『殺す』『処刑する』などの表現もあり、ネット上ではさらに醜悪な表現も多い」という。

 明戸さんが「ヘイトスピーチが連鎖拡散している」と危惧するのが、「土人」という差別表現だ。「沖縄・高江の米軍ヘリパッド建設に抗議する市民に、機動隊員が使ったことがきっかけになった」。その後、「差別と断定できない」とする閣僚の発言を支持する閣議決定がなされ、あたかも政府が差別用語に「お墨付き」を与えた形となって、在日コリアンらを攻撃する言葉にも使われ始めている。

 どんな表現がヘイトスピーチにあたるのか。法務省は具体例を「参考資料」にまとめ、自治体に示しているが、なぜか一般に公開していない。「法務省が資料を公開し、議論を積み重ねていく必要があります」と明戸さん。

 ヘイトスピーチの規制をめぐる議論で必ず指摘されるのが、憲法が保障する表現の自由との関係だ。法案を審議した国会で参考人として発言した川崎市在日コリアン3世、崔江以子(チェカンイジャ)さんは「私たちが『差別をしないでください』と言うことが、ヘイトする人たちの表現の自由を奪っているかのように言われる。私たちは黙って『死ね』と言われていなければいけないのでしょうか」と話す。

 法施行を受けて、ネットから崔さんを攻撃する書き込みが削除されたケースもある。「でも、現実には何十万件もの書き込みが残っています。数が多くても慣れることはできません。一件一件、しっかりと傷ついているのです」

 関西学院大教授の金明秀さん(社会学)は「むしろ在日コリアンらの表現の自由が奪われているのが現在の状況です」と語る。

 法務省が外国人住民を対象に昨年行った調査によると、ネットでヘイトスピーチを見た在日コリアンは半数を超え、これを理由に「ネット利用を控えた」との回答は約4割に上った。また、差別を恐れてネットに投稿する時などに自分の民族を明らかにしない在日コリアンも約3割に達する。「表現やコミュニケーションのため誰もが使えるツールを利用できず、同胞の友人がほしくても出自を明かせない現状こそ、表現の自由の剥奪と言えます」

 対策法がヘイトスピーチ解消への取り組みを定めている自治体の現状はどうか。日本弁護士連合会は昨年10月、47都道府県とヘイトスピーチが行われているとされる46市区を対象に調査を実施。法が求める「相談窓口の整備」については、京都府が設置することを明らかにしているほかは、5市が「新たな相談体制を検討している」と答えるにとどまる。

 調査チームの北村聡子弁護士は「自治体には、相談体制などの具体的な基準を国に示してほしいという声がある。教育についても、地域に丸投げするのではなく、文部科学省で授業のあり方を検討するなど積極的に取り組んでほしい」と話す。

 参院議員の有田芳生さん(民進)は5月28日、東京・新宿で行われたヘイトデモ現場を例に、「約30人のデモ参加者を約200人の警官が囲み、事情を知らないと警官がヘイトデモをしているようにも見える状況。とても五輪を迎えるような都市の雰囲気ではない」と述べ、「警察全体の統一的な警備指針もない。差別をなくす抜本的な法整備が必要だ」と話す。

克服へ市民活動
 一方、ヘイトスピーチを社会全体の問題として克服しようとする草の根の動きも見える。ヘイトデモが行われる銀座で差別を考える集まりを開いているのが、東京都内の会社員、倉橋あかねさん。昨年初め、2回続けて銀座でヘイトデモに遭遇したのがきっかけだった。「ヘイトスピーチを目の当たりにすれば、『いくら何でも許されない』という感覚がわかるはず」

 倉橋さんらのイベント「銀座No! Hate小店」では、銀座のお菓子を楽しみながら、被害を受ける在日コリアンらの話を聞く試みを昨年から続ける。今年2月の会では、食文化研究家の平松洋子さんを招き、日本での朝鮮半島の食文化の広まりと差別について話し合った。倉橋さんは「ヘイトデモに直接抗議できない人でも、誰かに『ひどいね』と話したり、ツイッターで『ヘイトなんて変だ』とつぶやくような最初のきっかけになれば、と思っています」。

 年内に「反ヘイト」を掲げた初のフェスティバルの準備も進む。「TOKYO  NO  HATE  FESTIVAL  2017」は、都内の公園を会場に、音楽などのステージやパレード、国内外のさまざまなフードブースなどを集めるイベントだ。

 ボランティアスタッフら100人以上が所属する事務局の代表を務める、大正大講師の高橋若木さん(哲学)は、ヘイトデモへの抗議活動にも参加してきた。フェスの趣旨を「『差別されているかわいそうな人』のためではなく、自分たちが暮らす社会の公正さを築くのが目的。目の前のヘイトスピーチに抗議することも大事ですが、このイベントでは多くの人が参加できる楽しい場で、『ヘイトなんてダサい』という感覚、文化を長期的に作り直したいと思っています」。

 ヘイトスピーチの禁止は、日本も批准している国際人権規約が求める柱のひとつでもある。法施行2年目に政府がどんな対策を打ち出せるか。世界が注視していることを忘れてはならない。

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