覚え書:「火定 [著]澤田瞳子 [評者]末國善己(文芸評論家)」、『朝日新聞』2018年01月07日(日)付。

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火定 [著]澤田瞳子
[評者]末國善己(文芸評論家)
[掲載]2018年01月07日

■猛威ふるう疫病と社会の闇

 古代史ものの歴史小説が増えている。このブームを牽引(けんいん)している澤田瞳子の新作は、直木賞の候補にも選ばれた傑作である。
 奈良時代。民を救うために設置された施薬院(せやくいん)と悲田院(ひでんいん)だが、出世と無縁な場所として官僚は逃げ出し、綱手(つなで)ら町医者の献身で支えられていた。施薬院で働く下級官僚の蜂田名代(はちだのなしろ)も、辞める機会をうかがっていた。
 そんな時、新羅(しらぎ)使が持ち込んだ天然痘が猛威を振るう。名医の綱手も、治療法がない天然痘にはなす術(すべ)がない。夏の熱気で腐敗する死体の山など、目を背けたくなるほど凄(すさ)まじい描写も多いが、それが当時の恐怖を生々しく伝えている。
 同じ頃、皇族を診察する地位にまで昇り詰めるも、同僚の陰謀で牢獄に入った過去がある猪名部諸男(いなべのもろお)は、獄中で出会った詐欺師の宇須(うず)と行動を共にしていた。
 天然痘に効くという偽りの神の札で金を稼いだ宇須は、さらに札を売るため、天然痘の原因になった新羅の民を殺せばパンデミックは終わるとの風説を流す。
 苦しい生活に天然痘が追い打ちをかけたのに、政治家は何の手も打たない。この状況に不満を抱いていた庶民は、宇須の煽動(せんどう)によって、その怒りを新羅の人たちに向けることになる。
 危機的状況が、人の心や社会の奥底にあった差別感情を刺激したことで、外国人を襲う暴動が発生する。ヘイトスピーチが絶えない現代の日本も、切っ掛けがあれば本書と同じ状況になりかねない。それだけに、いつの時代も存在する差別や偏見と、どう向き合うべきかを問うテーマは重い。
 天然痘が社会の闇を暴いていくだけに、職務に励む綱手、絶望の中であがき自分の使命を見付ける名代や諸男らが、疫病と戦うことで希望の光を灯(とも)そうとする展開には深い感動がある。
 悩みも迷いもする等身大の名代たちが、次第にまとまり困難に挑む終盤は、個人の小さな力も集まれば、社会を変える流れになると気付かせてくれるはずだ。
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 さわだ・とうこ 77年生まれ。作家。10年『孤鷹の天』でデビュー。16年『若冲』で親鸞賞。本書で直木賞候補。
    −−「火定 [著]澤田瞳子 [評者]末國善己(文芸評論家)」、『朝日新聞』2018年01月07日(日)付。

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