覚え書:「情動の哲学入門―価値・道徳・生きる意味 [著]信原幸弘 [評者]野矢茂樹(東大教授)」、『朝日新聞』2018年01月21日(日)付。


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情動の哲学入門―価値・道徳・生きる意味 [著]信原幸弘
[評者]野矢茂樹(東大教授)
[掲載]2018年01月21日

■理性こそ判断の主役に、待った

 冒頭、こう書き出される。「とかく情動は悪者にされやすい。しかし、本当にそうなのだろうか。」
 「情動」という語よりも「感情」と言った方がピンとくるだろう。「感情に流されると理性的な判断ができなくなる。だから、いかに感情を押さえて理性的になるかがだいじなんだ。」私がそんなふうに思っていると、著者はそれに真っ向から異を唱える。
 うまい料理を喜び、歯を剥(む)いて唸(うな)っている犬に恐怖を覚える。そのとき私たちは、料理にプラスの価値を見てとり、唸る犬にマイナスの価値を見てとっている。つまり、価値を直観している。そこで本書は、こうした価値の直観を一般に「情動」と呼ぶ。例えば服を買おうと思い、「これがいいな」と思って手にとるとき、それは喜怒哀楽と言えるほどのものではないかもしれないが、価値を直観しているという意味において、情動とされる。
 「情動なんかなくたって理性的にものごとを見てとれば、その価値は判断できるでしょう。」私がそう呟(つぶや)くと、著者は「本当にそうだろうか」と、待ったをかける。そしてむしろ情動こそが主役であり、理性は補佐役にすぎないのだと、私を説き伏せにかかる。
 情動の問題は道徳とも結びつく。またもや私が「道徳は理性的な判断でなければならない」と凡庸なことを言うと、著者はその考えを批判し、道徳は情動に基づいてのみ可能になる、と論陣を張るのである。
 本書は「入門」と銘打っており、実に噛(か)んで含めるように読者に語りかけてくれる。しかし、それでも研究書としての性格は色濃くにじみ出ている。情動を巡る現在の研究状況に言及しつつ、著者自身の立場を確保し、少しでも問題を明らかにしようと手探りで進んでいく。そのような本に対しては、読者も折に触れて立ち止まり、著者の主張に対して問いかけねばならない。「しかし、本当にそうなのだろうか?」
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 のぶはら・ゆきひろ 54年生まれ。東京大教授。著書に『意識の哲学』、共編著に『シリーズ 新・心の哲学』。
    −−「情動の哲学入門―価値・道徳・生きる意味 [著]信原幸弘 [評者]野矢茂樹(東大教授)」、『朝日新聞』2018年01月21日(日)付。

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信原 幸弘
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