覚え書:「分断世界 格差再生産、止まるか 難民の子、外交官に 仏「優先教育協定」」、『朝日新聞』2017年09月22日(金)付。

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分断世界 格差再生産、止まるか 難民の子、外交官に 仏「優先教育協定」
2017年9月22日
 
写真・図版
パリ政治学院を卒業して外交官になったパブロ・アユマダさん
 
 (1面から続く)

 難民の家庭に生まれ、低所得世帯用の住宅で育ったパブロ・アユマダさん(26)が、フランスで外交官になれたのは、なぜか。

 「あの学校で学ばなければ、外交官になることはなかった。そして、あの制度がなければ入学を想像することもなかった」

 「あの学校」は、パリ政治学院。「あの制度」は、貧困や失業、移民などの社会的な課題を抱える地域の高校と提携し、優秀な生徒を受け入れる「優先教育協定」のことだ。

 制度が始まったのは2002年。通常ならば、卒業生がパリ政治学院を志望もしないような7校に特別枠を設け、17人を面接だけで受け入れた。次第に拡大し、16年は106校から、入学者のほぼ1割にあたる163人が入った。

 フランスでは高等教育への公的支出が手厚く、経済格差による進学の壁は低いとされていた。しかし、現実には進学によって分断が進む。仏国民教育省によると、パリ政治学院のようなエリート校(グランド・ゼコール)の準備級に進む若者の半数以上は両親が企業の管理職や医師、弁護士、教授など恵まれた境遇の出身。「労働者の家庭」はわずか6・6%だった。

 優先教育協定は恵まれない境遇の若者にも機会を保障することが狙いだが、フレデリック・ミオン学長は「同じくらい大事な、別の目的がある」と話す。「エリートは社会全体を代表しなければならない。外交官の子弟が外交官に、官僚の子弟が官僚にという再生産ばかりでは、国民の共同体を支える使命を達成できない」

 ごく一部の人を「特権階級」に吸い上げているだけという批判もあり、ミオン学長も「成果はまだ限定的」と認める。それでも、「机を並べることで、他の学生も社会の現実を意識するようになっている」と意義を強調する。

 この制度で入学した若者も、仏社会の分断を肌で感じている。アユマダさんは一部の学生や教授が「失業者は、国にぶらさがっている怠け者」と考えていることにショックを受けた。「父は数年間、失業していた。誰にも経験してほしくない日々だった。でも、国の補助で暮らすつらさを知らない人が、強い姿勢を取るのは簡単です」と語る。

 博士課程に進学し、今は政治学の講師として教壇に立つクザビエ・メレさん(30)はかつて製鉄業で栄え、今は右翼政党の支持率が高い、仏北東部の町の出身。工場労働者だった父は斜陽とともに貧しくなり、母親が家政婦として家計を支えた。通った高校では、パリ政治学院の存在も知らない生徒が多かった。

 入学直後、メレさんは感じた。「ここは違う惑星だ」

 (パリ=大野博人)

 ■「進学」の選択肢、消さぬために 高等教育の私費負担、重い日本

 「教育は原理として人々を平等にするはずだが、現実には格差を増幅させている。特に近年はその傾向が顕著になっている」。先進国の教育状況を分析してきた、経済協力開発機構OECD)教育・スキル局長のアンドレアス・シュライヒャー氏はこう語る。

 日本でも、低所得層の支援が課題だ。

 8月半ば、群馬県赤城山の宿泊施設に、全国から約90人の10〜20代が集まった。多くは、経済的な苦しさを抱える。彼らの仲間づくりのためにと企画された3泊4日の合宿だ。合宿を主催した公益財団法人「あすのば」は、「子どもの貧困対策法」が成立したことを受けて2年前に設立され、進学支援や貧困の実態調査をしてきた。

 「分断を痛感した2年間でした」と村尾政樹事務局長は言う。例えば東京では富裕層の子が私立中に進学するため、公立中の生徒と経済格差が開く。学用品費などを自治体が支援する就学援助を受けている割合を東京都が調べたところ、13年度の公立校の小学生で19・98%だったが、中学生は27・82%。23区に限ると34・65%に上がる。

 「親の経済力で物理的にも住む世界が分かれてしまう。分断された社会で『公共』は成り立たない」

 大学への進学で、さらに壁が高くなる。OECDによると、高等教育にかかる費用のうち、日本は66%が私費負担で、加盟国の中で英国に続いて高い。家計負担も51%で、2番目に高い。東京大学が05、06年に実施した調査では、4年制大学への進学率は両親の年収と比例していた。年収200万円以下の進学率は28・2%だったが、1200万円超では62・8%に上がった。

 所得の格差が、学力などに与える影響の追跡も始まっている。「日本子どもパネル調査」は、子どもの成長を通じて、格差が開いていく過程の解析を目指す。

 調査を率いる赤林英夫・慶応大学教授(教育経済学)によると、世界に大きな影響を与えたのは、オタワ大のマイルズ・コラック教授(経済学)が13年に発表した論文。米国や英国など所得格差が大きい国ほど、格差が世代を継いで固定化される状況を示した。日本も続くが、赤林氏は「日本はデータの蓄積と利用が遅れている。効果的な政策立案のためにも、国は研究の支援を広げるべきだ」と提案する。

 その間も、分断を埋める試みは現場で続く。

 児童養護施設の二葉むさしが丘学園はこの7年間、在籍児童の7割が高校卒業後に大学などへ進学した。厚生労働省によると、全国の施設の子どもの進学率は24%で、突出して高い。かつては、同学園でも就労が当然だった。だが、7年前に1人の在籍児が大学進学をしてから、進学希望が急増した。身近な人が達成したことで、「進学」という選択肢が生まれた。

 学園で進路支援を担当する鈴木章浩さんは、高校生との面談で、高卒者と大卒者の生涯賃金の違いを資料として示す。子どもたちの気力を保つのは大変だ。「自分で選んだ経験がないから、選べない」とこぼす生徒もいる。進学した場合は生活費と学費を自分でかき集め、就労の場合はいきなり社会に放り出される。「多くの子がまだ親に甘えられる年齢で、選択を強いるのはつらい」と鈴木さんは感じる。

 ただ、就労した子の方が、不安定な暮らしになることが多い。「進学すれば、社会に出る前に時間がもらえる。その間に成長し、他者とのつながりができる。彼らに学歴より、『時間』をあげたい」

 (原田朱美)

 ■「私たち」の土台、機能不全 編集委員・大野博人

 近代国家にとって教育は、国民を統合する重要な仕組みの一つだった。経済的な境遇や出身地、文化や信仰が異なっても、学校で同じ内容を一緒に学ぶことで「国民」という意識を持ち、「私たち」という主体を形成する。このことは、「私たち」で議論して決めるという民主主義の土台にもなった。エリート教育も、その土台の上にある。

 その国民統合の要の教育がうまく機能せず、逆に人々の分断を促す仕組みに変容しているように見える。日本でもフランスでも、若者が「社会は異なった階層から成り立っている」という認識と、「自分は閉ざされた領域から出られない」というあきらめに支配されている。パリ政治学院の試みは、この状況に対する危機感から生まれた。安倍晋三首相も、幼児教育の無償化や高等教育の負担軽減を目指すと表明している。

 財政支出は重要だが、それだけでは分断は解消しない。近年、多くの国で排他的なナショナリズムの高まりが懸念されている。国民を統合する機能が弱まるなかでのナショナリズムの高まりは、国家という仕組みが病み衰えている故の発熱かもしれない。「私たち」を形成する教育の役割が問われている。
    −−「分断世界 格差再生産、止まるか 難民の子、外交官に 仏「優先教育協定」」、『朝日新聞』2017年09月22日(金)付。

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