覚え書:「記者の目 特定秘密と公文書管理監=青島顕(東京社会部)」、『毎日新聞』2017年09月12日(火)付。

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記者の目

特定秘密と公文書管理監=青島顕(東京社会部)

毎日新聞2017年9月12日 東京朝刊

「第三者」の歯止め、疑問
 「独立公文書管理監」をご存じだろうか。2014年末の特定秘密保護法の施行と同時に、特定秘密の指定や解除をチェックする常設機関として政府内に置かれた役職だ。国民の知るべき情報が隠されることのないよう、「第三者」の立場で歯止めを掛ける役割を担う。設置されて2年半がたつが、存在感を発揮していない。触れ込みと現実とのギャップが広がっているようにも思える。

 政府が重要な情報を秘密に指定し、それを漏らした人に厳罰を科す特定秘密保護法。13年の臨時国会で審議されたが、情報保護の徹底が必要だと訴える政府・与党と、秘密情報がブラックボックスに入り、政府による情報隠しが可能になると指摘する野党の主張は大きく隔たっていた。

 参院特別委員会で強行採決される前日の12月4日、安倍晋三首相が唐突に設置を表明したのが、独立公文書管理監だった。資料では名称に「仮称」と付けられ、批判をかわすために急ごしらえしたのは明らかだった。野党席から「初めて聞いたぞ」とやじが飛ぶ中、答弁した首相は用意された紙に目を落としたままだった。翌日、菅義偉官房長官が、独立公文書管理監をトップとする「情報保全監察室」の役割を「特定秘密の指定及び解除の適否を検証及び監察し、不適切なものについて是正を求めるもの」と説明した。

身内をチェック 強制力もなく
 政府は、米国の国立公文書館に置かれ、秘密を含む公文書の運用をチェックする情報保全監督局を参考にしたと説明した。だが米国の監督局に比べ権限は弱い。管理監が省庁に秘密の提出を求めても、省庁は安全保障への支障を理由に拒否できる。秘密指定を解除するよう是正要求もできるが、強制力はない。

 人事の仕組みにも疑問点がある。翌14年12月の法の施行と同時に、法務省法務総合研究所研修第1部長だった佐藤隆文検事が管理監に就任し、佐藤氏をトップとする20人体制の情報保全監察室が発足した。スタッフは外務省、防衛省公安調査庁内閣情報調査室警察庁など秘密情報を扱う省庁から集められた。米国の監督局が職員を出身官庁に戻さない「ノーリターンルール」を設け、チェックで手加減しないよう配慮しているのに対して、日本にはこうしたルールがない。監察室の職員は身内をチェックした後、順次、出身省庁に戻っている。

 検証・監察の方法も気になる。監察室は特定秘密のリストからチェックしたい秘密を選び、対象となった秘密の「典型的な情報」を記録した文書を提出するよう省庁に求める。ただ、監察室の江原康雄参事官によると、どの文書を提供するかは省庁が決めている。省庁が隠したい文書は出てくることはなさそうだ。

 管理監はこれまで「15年中に国際テロに関する人的情報源になった者」など外務省と警察庁が指定した計3件について、あらかじめ特定秘密に指定したものの見込み通りに情報が入手できず、相当する文書が存在しないと指摘した。5月に出した2回目の報告書では、防衛省などの特定秘密を記録した文書93件の廃棄を「妥当」と判断したと明かした。報告書はわずか19ページだった。

 一方、衆院議員8人で特定秘密の運用を監視している衆院情報監視審査会は3月の報告書で、「あらかじめ指定」と、文書は過去に破棄されて存在しないが担当者が口外しないよう「知識」を指定した特定秘密が計25件あることを明らかにした。人数も時間も少ない衆院の審査会の方が結果を出しているように見える。

必要最小限か 報告書では不明
 ただし、管理監や衆院の審査会の報告は、秘密指定や文書廃棄が決められたルールに従っているのかを調べた結果に過ぎない。国民が知りたいのは「本当に必要最小限の情報だけが特定秘密になっているのか」だが、それをチェックできているかは、報告書を読む限り伝わってこない。

 管理監は、省庁で秘密指定に問題があった場合、省庁の職員が内部通報を受ける窓口も設けているが、今年3月までに通報は1件もなかった。

 管理監は職責を果たしているのだろうか。首相の諮問機関として特定秘密の運用に意見を述べる「情報保全諮問会議」委員の清水勉弁護士は「われわれは直接、特定秘密の文書を見る権限がなく、管理監の報告を見て問題点を指摘する立場だ。管理監がもっと機能することが必要だ」と話す。

 7月、初代管理監の佐藤氏が最高検に異動し、代わって最高検から山西宏紀氏が2代目管理監に就任した。佐藤、山西両氏は一度も記者会見をしていない。毎日新聞は取材を申し込んできたが、断られている。国民の不安解消のために作られた組織のトップが、国民に何も説明しないことに違和感を覚える。

 政府内でチェック機能を果たすには限界があるだろう。だが、ブラックボックスの中に手を入れられる権限を持った機関が平時から機能していなければ、有事に情報が隠される恐れが強くなってしまう。

 特定秘密は6月末現在512件。監視機関の指摘などで計14件が解除されたが、2年半で130件増えた。
    −−「記者の目 特定秘密と公文書管理監=青島顕(東京社会部)」、『毎日新聞』2017年09月12日(火)付。

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