覚え書:「特集ワイド 「大義なき衆院解散」で失われるもの 議会制民主主義、本旨どこへ」、『毎日新聞』2017年9月25日(月)付夕刊。



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特集ワイド

大義なき衆院解散」で失われるもの 議会制民主主義、本旨どこへ

毎日新聞2017年9月25日 東京夕刊


前回の衆院解散時に万歳する自民党議員ら(奥)=国会内で2014年11月21日、森田剛史撮影

 「いくら解散権があるからって、それでは権力の乱用でしょ」−−。安倍晋三首相が踏み切ろうとしている衆院解散に多方面から批判が出ている。「大義なき解散」と引き換えに失われるものはないのだろうか。【宇田川恵、葛西大博】

 安倍首相は28日召集の臨時国会の冒頭で、衆院を解散する方針だ。投開票は10月22日が有力視されている。今回の解散に批判が上がっているのは、この時期になぜ解散権を行使するのか、誰もが納得できる理由が示されていないからだ。後付けのように出てくる「大義」の一つは、消費増税の増収分の使途を見直し、幼児教育の無償化など「教育」に振り向けるというもの。ただ、これは野党第1党である民進党の政策と重なり、「争点」とは全く言えない。

 「究極の自己都合です」と解説するのはジャーナリストの青木理さん。首相自身が渦中にある森友、加計両学園問題など都合の悪いことから逃れようとしているとみる。民進党は離党者が相次ぎ、小池百合子東京都知事の側近らが結成する新党は準備不足。「今だったら選挙をしても負けないから」という見立てだ。「私利私欲ですよね。結局、自分たちさえよければいいということ。子供を含めて、いろんな人たちに悪いメッセージを与えることになる」。青木さんは厳しい口調で批判する。

 安倍首相は政権奪回後、秘密保護法、集団的自衛権の行使を可能にする安全保障関連法、「共謀罪」法を成立させた。青木さんは強調する。「僕が大事だと思ってきた戦後日本の原則のようなものを次々となぎ倒してきました。でも、今回の解散は今までとは違うレベルだ。モラルを破壊し、『憲政の筋』とも言うべきものを壊すことになるんですから」

 青木さんが「憲政の筋」と言うように、立憲主義や議会制民主主義の本旨が失われる、との懸念は法曹関係者からも多数上がっている。

 東京地検特捜部の元検事で弁護士の郷原信郎さんは、野党が憲法53条に基づき、森友、加計両学園問題などを審議するため臨時国会召集を要求したにもかかわらず、長く開こうとしなかったことを挙げて、こう指摘する。「安倍首相は通常国会の閉会時に、この問題について『丁寧に説明する』と約束しましたよね。その説明のために憲法の規定に基づいて野党が求めたのが国会開催のはずです。それなのに何カ月も開かずに放置したあげく、開いたとたんに解散というのでは、国会開催についての憲法の規定を無視しているのと同じです」

「首相の専権事項」への疑問
 そもそも解散権が「首相の専権事項」であることは専門家の間で疑問視されてきた。憲法学者で早稲田大教授の水島朝穂さんは「解散が首相の専権事項であるとは憲法に一言も書かれていません。それは『内閣』に与えられた権能です」と説明する。

 解散の根拠規定に憲法7条と69条がある。7条は、天皇が「内閣の助言と承認により」行う国事行為の一つに「解散」があるとしている。69条は、衆院内閣不信任決議案が可決、あるいは信任決議案が否決された時に、内閣総辞職以外に選ぶもう一つの選択肢として「解散」がある、としているだけだ。

 実際、海外では解散権の乱用を防ぐため、議会解散を制限している国もある。水島さんは「ドイツでは、首相が自己に対する信任案を議会に提出し、これが過半数の同意を得られなかった時のみ、首相は大統領に議会の解散を求めることができます」と語る。

 郷原さんも「基本的に国会の信任で成り立っているのが内閣です。国会を解散できるのは、不信任案を出された時以外は、信任を問い直すことが必要な重大な政治課題があって国民の意見を直接聞かなければいけない場合というのが本来の憲法解釈です。これまで行われてきた内閣の延命や党利党略による解散は本来は許されないのです」。安倍首相が2014年11月に解散した時、「大義」として「消費増税延期」を挙げた。郷原さんは「それさえ大義とは言えなかったが、今回の解散はさらにひどく、何を問いたいのか見当もつかない。憲政史上最悪の解散として、安倍さんは歴史に名を残すでしょう」とまで言うのだ。

重要な政策の議論ストップ
 解散によって重要な政策の議論がストップしてしまうことを嘆く人も多い。エッセイストで青森大副学長の見城美枝子さんは、教育費の負担に苦しむ親や将来に悩む若者と現場で接しながら、自身は89歳になる身内の介護をしている。社会保障改革の必要性を痛感する中、政府が「人生100年時代構想会議」の初会合を9月11日に開くなど、高齢者に偏りがちの社会保障を「全世代型」に改める本格的な議論が始まったことに関心を持っていた。

 「衆院解散と聞いて、シャボン玉がパチンとはじけたように感じ、ショックを受けました。社会保障改革は1カ月も2カ月も待てないぐらい、もう待ったなしの状態です。本来の衆院の任期である来年12月までじっくり議論を重ねれば、早く道が開けたかもしれないのに……。理由も分からないこの解散には落胆します」

 見城さんのように、今回の解散で安倍首相に対する国民の信頼が失われる、との見方は強い。郷原さんは安全保障上の問題を特に重視し、こう指摘する。「安全保障関連法を2年前に成立させた安倍政権の立場からは、北朝鮮情勢が緊迫化している今は、自衛隊派遣の是非を国会で議論する事態になる現実の可能性が生じたということになるはず。こんな状況で衆院を解散して無機能化させるのは、国民への裏切り行為以外の何物でもない」

 「世界からの信用も失う」と指摘するのは、前出の水島さん。03年にトルコの首相に就任以降、事実上の最高指導者として頂点に立ち続けるエルドアン大統領を引き合いに出す。隣国シリアのクルド人組織に越境攻撃を行うなど強権的な姿勢が欧州で非難されている人物だ。

 4月の国民投票では憲法が改正され、国会解散や非常事態宣言などを行う大きな権限が大統領に付与された。敵と味方を区別して敵を攻撃し、「強い指導者」を演出して支持をつなぎとめようとする姿は、今夏の東京都議選で「こんな人たち」演説をした安倍首相と重なって見える。「北朝鮮情勢が緊迫しているのに安倍首相が本当に解散したら、世界からはエルドアン大統領と同じレベルに見られかねません」と水島さん。

 こんなに多くのものを失ってまで、安倍首相は解散に突き進むつもりなのだろうか。
    −−「特集ワイド 「大義なき衆院解散」で失われるもの 議会制民主主義、本旨どこへ」、『毎日新聞』2017年9月25日(月)付夕刊。

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