覚え書:「特集ワイド 栄転、昇格…森友問題「渦中の人」 忘れていいの?二つの人事」、『毎日新聞』2017年09月07日(木)付夕刊。

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特集ワイド

栄転、昇格…森友問題「渦中の人」 忘れていいの?二つの人事

毎日新聞2017年9月7日 東京夕刊

森友学園問題で注視された官僚人事で、関係者は十分な説明責任を果たしたと言えるだろうか(左下は世耕弘成経済産業相、右下は佐川宣寿国税庁長官)=コラージュ・立川善哉

 学校法人・森友学園問題を巡り、「渦中の人」となった霞が関官僚2人の人事は大きな批判を浴びたが、北朝鮮の核実験などもあり、報道される機会が減った。霞が関でもこの問題は沈静化したのか。現役官僚やOBを訪ね歩くと、いまだに疑問が残るという。このまま忘れ去っていいのだろうか。【鈴木美穂】

<谷氏人事異動は「通常」 それとも「不自然」>
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 安倍晋三首相の妻昭恵さん付の政府職員だった経済産業省の官僚、谷査恵子さんが8月6日、ローマにある在イタリア日本大使館の1等書記官に就いた人事は記憶に新しい。世耕弘成経産相は「同期の2種(ノンキャリア)の職員も既に3分の1程度は海外勤務を経験している」「1月末に内内示が行われ、森友問題との関連は全くない」と「通常の人事」であると強調した。だが、ある経産官僚は「こんな人事は聞いたことがない。ノンキャリア官僚の処遇としては違和感を覚える」と驚きを隠さない。

 1等書記官は大使、公使、参事官に次ぐポスト。元外務官僚で青山学院大法科大学院客員教授の小池政行さんは「主要7カ国(G7)の一つのイタリアで1等書記官は通常、キャリアのポスト」と解説する。このため、異例の人事と受け止められ、さまざまな臆測が飛び交い続けている。

 「『口封じ』と『ご褒美』がセットになった人事では」とみるのは、谷さんが直属の部下だったこともある経産省OBで「官僚の責任」などの著書がある古賀茂明さん。「誰もがうらやむ欧州の一等地へ異例の栄転です。身をていして昭恵さんを守り、政権に貢献したことへの『特別な配慮』だけでなく、『余計なことはしゃべるな』というメッセージが込められているように見えます。公務員に忠誠を守らせるために人事を最大限活用する現政権の姿を象徴していないでしょうか」。その上で、こう苦言を呈す。「仮に半年以上前に内内示があったとしても、谷さんに国民への説明をさせてから、異動させるべきです」

 小池さんも「籠池泰典前理事長に暴露され、慌てて押し込んだと見られても仕方がない。国内では参考人招致などで国会に呼ばれる可能性があり、取材攻勢にも遭う。海外なら大使館で守られ、家のセキュリティーも厳重なはず。記者も接触が難しくなるでしょう。イタリアはワシントンほどの多忙さはなく、余暇も快適に過ごせると人気があります。本人にも『口封じ』と感じさせない『人事的配慮』が行き届いた異動ではないでしょうか」と推測する。

現役官僚も「違和感覚える」
 改めて、経緯を振り返りたい。

 谷さんは経産省クール・ジャパン海外戦略室などに勤務後、内閣官房で2013年から3年間、昭恵さん付を務め、16年1月に経産省に戻った。

 今年3月、森友学園に対する国有地売却問題をめぐる証人喚問が衆参両院予算委であり、籠池前理事長は「国有地の借地契約」について昭恵さんに相談し、谷さんが財務省に照会したと証言。照会内容は谷さんからファクスで受け取ったとした。昭恵さんの関与の有無を問題視した野党が、参考人招致を要求したが、与党は拒否した。菅義偉官房長官は「谷氏個人が作成した」と述べ、昭恵さんの関与を否定する。

 このような説明について、複数の官僚は「役所のルールから外れている」と口をそろえる。谷さんが照会した相手は財務省の国有財産審理室長。全省庁の予算を査定する「格上官庁」の財務省を相手に、谷さんのような経産省出身のノンキャリアが誰の口添えもなく問い合わせて文書で回答をもらうのは極めて不自然だ、というのだ。

 古賀さんも「谷さんがいくつもの『壁』を突破できた裏で、政治の力が働いたのは、官僚から見れば明らか。だからこそ、ほとぼりが冷めるまで谷さんをかくまう必要があったのでは。2〜3年もたてば国民は忘れてしまう。政治の側にはそんな計算が働いていると思います」。

 一方、谷さんと同世代のノンキャリアの官僚には一連の問題はこう映っている。「政治家がとるべき責任を1人のノンキャリアに負わせている。公務員は政治に要請されれば『ノー』と言えない。我々にも生活があり、よほど恵まれた家の出でもない限り『辞めて告発する』ことはできません。問題は、国民の目を真実からそらそうとする『政治の側』にあるのでは」

 谷さんのようなノンキャリアが、1等書記官としてイタリア大使館に異動した前例はあるのか。経産省に問い合わせると「同様のケースが過去にあったかどうかは、にわかには回答できない」との答えだった。

「既定路線」なら問題ないのか
 耳目を集めた「もう一つの人事」が7月の佐川宣寿財務省理財局長の国税庁長官就任だ。事務次官に次ぐ「ナンバー2」への昇格である。森友学園への国有地売却問題で、野党の追及に「記録は残っていない」「データはない」「政治関与はない」と答弁を続け、「鉄壁のゼロ回答で首相を守りきった」と評される。同省には、問題発覚から半年以上がたっても苦情が寄せられており、「数も多く、極めて強い叱責もある」(同省幹部)。

 これは「論功行賞」人事なのか。佐川さんの直近3代も理財局長からの就任だ。麻生太郎財務相は「適材だ」と語り、省内でも「既定路線」との見方が大勢を占める。

 だが、前出の古賀さんは「真相究明を阻止したと世論の袋だたきに遭っている人物を既定路線で昇進させる人事はやり過ぎで、歴代政権とは明らかに異質な対応です。『守ってくれれば、見合う処遇をする』との強いメッセージを霞が関の官僚向けに発信する必要があったのではないか」と指摘する。

 官僚を敵に回せば政治家は反撃を食らいかねない。文部科学省の前川喜平前事務次官が反旗を翻した加計学園問題はそうだった。

 古賀さんは続ける。「真相解明をせずに人事で丸め込むようでは、今後も『政官一体の隠蔽(いんぺい)工作』が続いてしまいます」。古賀さんの著書「官僚の責任」にはこう記されている。

 <官僚になった当初は、ほとんどの人間が「国のために働く」という志を胸に抱いていたはずなのだ。(中略)いつしか初心を忘れて、しだいに内向きになっていく。国益より省益を第一に考えるようになっていく>

 旧大蔵省の広報誌・ファイナンス(1999年9月号)に、佐川さんが書いた「編集後記」がある。当時の肩書は、国民の窓口役を担う広報室長。国民が同省の発表資料などを一元的に入手できる「広報スペース」を新設し、広報誌にも発表資料一覧を掲載することをアピールする内容だった。当時、国民目線はあったようだ。

 森友問題で「ゼロ回答」を貫き、国税庁長官就任の記者会見も「諸般の事情」で拒んだ佐川さん。18年前のご自身に今、何と声をかけますか。
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