覚え書:「アカウンタビリティから経営倫理へ―経済を超えるために [著]國部克彦 [評者]諸富徹(京都大学教授・経済学)」、『朝日新聞』2018年02月11日(日)付。


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アカウンタビリティから経営倫理へ―経済を超えるために [著]國部克彦
[評者]諸富徹(京都大学教授・経済学)
[掲載]2018年02月11日

■人間中心へ、会計で世界変える

 「会計で、世界を変えることは可能か」。これが、本書の投げかける問いだ。会計といえば、単なる数字の羅列ではないのか。読者はそう思われるかもしれない。しかし会計のもつ可能性は、実に深遠なものだ。
 企業の目的は、株主からの負託を受けて利潤を最大化すること。会計は、それを支援する働きをもつ。ところが企業は、グローバル化、格差の拡大、環境問題の深刻化など、さまざまな経済社会問題の原因者としての顔をもつ。会計が、そうした企業行動の追認を超えて、経済中心から人間中心へと導く役割を果たすことはできないだろうか。
 著者は、公共性、責任、正義といった概念を根本に据えて、会計を根っこから造り替える試みを始める。その導きの糸となるのは、哲学者アーレントデリダの思考である。導き出されるのは、計算可能な単一(貨幣)価値に基づく資本主義への批判、そして、複数価値の復権である。
 環境への配慮、貧しい者への配慮、女性への配慮など、多面的な価値を守ることが、企業にとっては度々「費用」とされ、利潤最大化のために切り捨てられることになる。こうした価値単一化に抗(あらが)い、複数価値を認め、その達成を無限責任として企業に求めることこそが、正義にかなうというのが本書の主張である。
 では、この理念をどのようにして現実の会計制度に落とし込むのか。実は、すでに様々な経済・環境・社会の統合指標が開発・実践されているが、残念ながら変革につながっていない。そこで著者は、「持続可能な開発目標」のような、複数価値を体現する多元的目標の下で、企業で働く人々が発言し、実践し、内部から変える契機を創(つく)り出すことが重要だと説く。
 もちろん、完璧なオールタナティブなどありえない。にもかかわらず理念を高く掲げ、社会変革への永久運動を志した、会計学としては異例の野心的な書の誕生を喜びたい。
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 こくぶ・かつひこ 62年生まれ。神戸大教授(経営学)。『環境経営意思決定を支援する会計システム』(編著)など。
    −−「アカウンタビリティから経営倫理へ―経済を超えるために [著]國部克彦 [評者]諸富徹(京都大学教授・経済学)」、『朝日新聞』2018年02月11日(日)付。

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