覚え書:「混沌の正体 2017衆院選:1 危機に耳ふさぎ「身内ファースト」 内田樹さん」、『朝日新聞』2017年10月02日(月)付。

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混沌の正体 2017衆院選:1 危機に耳ふさぎ「身内ファースト」 内田樹さん
2017年10月2日
 
写真・図版
内田樹さん
 北朝鮮問題で政権の支持率が回復し、野党第1党の民進党が弱体化しているのを好機と見て、安倍晋三首相は国会を解散しました。ところが、思いがけなく小池百合子東京都知事の新党が登場し、そこに民進党が合流することになり、自民党は主導権を奪われた。

 このカオス的状況を歓迎する気分にはなれません。民進党の議員たちは「安保法制反対・改憲反対」を捨て百八十度逆の立場に立たなければ公認されない「踏み絵」を踏まされようとしています。自民党以上に新自由主義的で排外主義的な新政党が「受け皿」として登場しようとしている。

 ただし、日本だけの特殊事情ではありません。世界中で、仲間うちの利益だけを優先する「身内ファースト」的な政治勢力が支持を得つつあります。英国のEU離脱も、トランプ米大統領の登場も同じ文脈の出来事だと解釈しています。

 けれども、これは地殻変動的な変化が理解できないゆえの退行的な選択です。外界の出来事に目を閉じ耳を塞いで、「変化なんか起きていない」と自分に言い聞かせている。変化とは、国際政治における超覇権国家の衰退や、中東やアフリカで広がりつつあるように「国民国家」が液状化し世界がいくつかの「地域帝国」に再編される潮流のことです。特に日本は少子・高齢化も直撃している。21世紀末の推定人口は5千万人程度。産業構造・社会制度の変化への危機感はほとんど共有されておらず、政府もまったくの無策です。

 その危機の中で、安倍政権は森友・加計学園問題に象徴されるようなネポティズム縁故主義)にすがりついている。イエスマンだけを登用し、限られた国民資源を仲間に優先的に分配している。「身内ファースト」という世界的な政治的退廃の日本版です。

 小池新党も「身内ファースト」であることに変わりはありません。民進党との「合流」プロセスで明らかなように、小池氏の軍門に下ったのは、政策の一貫性を振り捨てても議席確保を優先させる人たちばかり。政策の一貫性や論理性よりも、「明日の米びつ」を優先的に配慮する政治家たちが、文明史的な転換に対応できる能力があると私は考えません。

 日本はしばらくカオス的状況が続くでしょう。世界中どこも程度の差はあれ同じことです。「他の国もひどい」と言われて心がなごむものではありませんが。

 (聞き手・岩崎生之助)

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 うちだ・たつる 哲学者 67歳 神戸女学院大名誉教授。専門はフランス現代思想。著書・共著に「街場の文体論」「日本の反知性主義」など。

 ◇解散の大義は。新党の行方は。混沌(こんとん)とする政治の底流を4人の識者が論じる。
    −−「混沌の正体 2017衆院選:1 危機に耳ふさぎ「身内ファースト」 内田樹さん」、『朝日新聞』2017年10月02日(月)付。

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