覚え書:「2017衆院選 「安倍的」なるもの 原彬久さん、幸田真音さん、青木理さん」、『朝日新聞』2017年10月04日(水)付。

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2017衆院選 「安倍的」なるもの 原彬久さん、幸田真音さん、青木理さん
2017年10月4日

グラフィック・野口哲平

 政治家の名門に生まれた安倍晋三首相。在職日数は第1次政権と合わせ2千日を超え、戦後3番目の長さになる。その政治センスをどう見るか、「安倍的な政治」とは何だろうか。

特集:2017衆院選
 ■難解な外交、米依存深化 原彬久さん(東京国際大学名誉教授)

 安倍首相によるキャッチフレーズの乱発が目立ちます。「1億総活躍社会」のように、打ち上げ花火がいつしか消えかかってしまうものも多い。ただ、「地球儀俯瞰(ふかん)外交」だけは別のようです。最近言葉でこそ聞かないが、首相が精力的にこれを実践している姿は注目してよいでしょう。

 安倍氏の祖父・岸信介元首相はかつて私のインタビューで「総理の一番の仕事は外交だ」と語ったことがある。岸氏は安保改定を果たしたり、東南アジア諸国を歴訪したりと、戦後初めて本格的に首脳外交を展開しました。

 確かに今も昔も首脳外交は重要です。しかし岸氏の時代、すなわち1950年代後半と今とでは、国際環境がまったく違う。前者は全面核戦争の危機をはらんだ米ソ冷戦、その中で岸氏はもっぱら対米外交にその精力を注いでいればよかったのです。

 ところが現在の国際情勢は、これを読み解くこと自体難しい。冷戦後の国際関係は非常に多角化した。安倍政権が今日、岸時代よりもはるかに高いレベルの外交を要求されるゆえんです。

 さらに日本外交を難解にしているのは、いわゆる「尖閣」問題を抱えてしまったことです。戦後外交が「武力衝突」がらみで日本固有の紛争案件を持つのは、この「尖閣」が初めてです。尖閣諸島の領有権を主張する一方の当事国、中国が同諸島に武力侵攻した場合、安保条約第5条(米国が日本を守る)を発動する、という約束を米国から日本はことあるごとに確認している。いざという時米国が本当に第5条発動に踏み切ってくれるのか、ということです。

 いずれにしても、「尖閣」で日本が米国に「借り」をつくっていることは確かです。この「借り」への負い目が、例えば集団的自衛権行使を可能にする憲法解釈の変更となって表れるのです。「対米依存」の深化です。安保条約が米国の要請を受け入れつつますます地球化し、実態的には「第3次安保条約」に向かっているといってよいでしょう。

 冷戦終結の1990年前後から21世紀の今日に至るまでの新たな米ソ対立、ISの台頭、中国の軍事大国化、そして北朝鮮の核・ミサイル開発等を見る時、安倍氏と岸氏の時代が、構造的に違うことは歴然です。とはいえ、岸氏と安倍氏には歴史観で共通する部分がある。安倍氏の「戦後レジーム」からの脱却は、岸氏と同じく東京裁判史観への批判を意味します。占領軍「押しつけ」の現憲法の否定も、その部類です。

 総選挙が近づいています。仮に政権交代があっても国の外交基軸が大きく揺れることは避けるべきです。だからこそ安保政策を含めて外交政策は、まずは国内政党間での大筋の合意が必須となるのです。(聞き手 編集委員・村山正司)

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 はらよしひさ 39年生まれ。日本政治外交史。著書に「岸信介」「戦後日本と国際政治」、編著に「岸信介証言録」など。

 ■女性への距離感は今風 幸田真音さん(作家)

 3年ほど前に女性誌で対談した時の安倍首相の印象は、上から目線でなくさわやかな感じでした。奥さまの自由を尊重し、「立場をわきまえて」とは言わず、「しょうがないんだよね、あの人は」と笑っている。女性に対する距離感が今風です。「女性が輝く社会の実現」を掲げたのも、口先だけではなく女性が活躍して欲しいと真剣に思っているからだと感じました。この姿勢は今も変わっていないでしょう。

 ストレートで、細工や計算をしない人だと思います。首相の「『日本の美』総合プロジェクト懇談会」に参加して、発言や姿勢からも感じています。大臣や官僚ともうまくコミュニケーションされているようです。部下を怒鳴りまくるタイプではなく、部下や仲間への支援を惜しまない。稲田朋美元防衛相が国会答弁で詰まった時に助けていたのも、あれが本質なのかもしれません。

 北朝鮮に対しては圧力を強調するものの、文化や芸術の交流などソフトパワーによる相互理解が大切だというのも、各国との首脳会談を通じ、身をもって実感されているはずです。懇談会はいつも最後まで同席して、専門的な話題にも積極的ですから。

 メルケル独首相に「ウラジーミルはシンゾーに任せる」と言われたほどの関係をロシアのプーチン大統領との間で築くなど、外交力は高く評価すべきです。ただ、明治時代に戻ろうとしているかのような、靖国神社へのこだわりなどは私自身は相いれません。そして、「アベノミクス」と言われる経済、金融政策もちょっと危ない。

 過激なまでの金融緩和は、医療で言えばモルヒネ。あくまで時間稼ぎです。その間に規制緩和など外科手術をして産業構造を変えなければいけませんが、できていない。今や日本銀行が買い入れた国債が全体の40%を超え、日銀の債務超過国債暴落という危険なマグマが膨らんでいます。にもかかわらず、政府と日銀には出口政策がありません。

 前の対談の最後で「そばに建設的で前向きな『ノー』を言ってくれるブレーンを置いてください」とお願いしましたが、「金融政策は黒田さん(東彦日銀総裁)に任せているから」と。もしも金融政策に苦手意識があるのなら、ぜひセカンドオピニオンも得て欲しいと、私は切に願うのですが。

 ストレートでシンプルな性格から「円安・株高、デフレ脱却第一」と考えているのかもしれません。しかし、トップであれば影の部分や副作用にも目を向けないと。異次元緩和の旗を振るリフレ派以外の意見も聞く勇気を持って欲しいです。今の金融政策では、将来に必ず禍根を残すでしょう。(聞き手・磯貝秀俊)

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 こうだまいん 51年生まれ。米系銀行勤務などを経て作家。著書に「日本国債」「天佑なり」「大暴落 ガラ」など。

 ■家業3代目、究極の世襲 青木理さん(ジャーナリスト)

 長期政権を築き、戦後日本の「かたち」を変えようとしている首相「安倍晋三」とは何者なのか。父方の祖父で戦前、戦中の衆議院議員安倍寛(かん)、そして父である元外相、晋太郎の周辺を地元、山口県で徹底して取材しました。

 寛は、1942年の選挙で大政翼賛会の推薦を得ず当選しました。古老たちは、寛が東条英機内閣の方針に反対し反戦を貫いたと証言しています。だが、彼は終戦翌年に病気で亡くなりました。

 安倍首相は生前の寛に会ったこともなく、今何かを語ることはほとんどない。元首相で母方の祖父、岸信介のことは、誇らしげに口にします。岸は幼い頃の安倍首相を大変可愛がり、週末は箱根の旅館で一緒に過ごしたそうです。

 安倍首相は、東京の私立成蹊学園に小学校から大学まで在籍しました。学友や恩師、神戸製鋼社員時代の上司らに話を聞くと、みな「彼が政治的なことを語ったのを聞いたことがない」「いい子だったが、あまり印象に残っていない」と口をそろえるのでした。

 おそらく安倍首相には、もともと強固な右派思想などなかった。根本にあるのは岸信介への憧れと敬愛、そして岸を批判した左派への反発といった程度の感情でしょう。若いころを知る元上司は「子犬がオオカミの群れと交わり、オオカミになってしまった」と表現する。政界に入り右翼政治家やイデオローグと付き合い、強い影響を受けたのでしょう。首相自身、それが時代の空気に合っているという打算があったかもしれない。

 突き詰めれば、政治をなりわいとする名門一家の3代目として、立派な政治家をいかに演じるか。つまり安倍首相を形作った縦軸は、大きな志もなく家業を継いだ単なる世襲政治家。横軸には中国や韓国を敵視し、時に蔑視し、「強い日本」の復活を夢見る、社会の薄っぺらな風潮があり、相互に共鳴もしている。

 斜めの軸があるとすれば、北朝鮮の存在でしょうか。特に日本人拉致問題で日本は戦後初めて朝鮮半島との関係において“被害者”になった。その拉致問題を熱心に取り上げ、政界の階段を駆け上がった。今回も「国難突破解散」と称して北朝鮮への対応を争点にしようとしています。

 現在、衆議院議員の2割以上が世襲です。自民党や閣僚になると、さらに比率は上がる。老舗の和菓子屋や歌舞伎の世界とは異なり、政治は公のものです。3代目ともなれば地元の選挙区から離れ、東京で育つことも多い。安倍首相は世襲の究極系です。

 代議制民主主義は、政治家が民意をくみとり、政治に反映させるもの。世襲ばかり増え政治を牛耳れば、民主主義をゆがめます。世襲議員の立候補に一定の制限を設けることを真剣に考えるべきでしょう。(聞き手・桜井泉)

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 あおきおさむ 66年生まれ。共同通信社でソウル特派員などを経てフリーに。著書に「安倍三代」「ルポ 国家権力」など。
    −−「2017衆院選 「安倍的」なるもの 原彬久さん、幸田真音さん、青木理さん」、『朝日新聞』2017年10月04日(水)付。

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