覚え書:「2017衆院選 誰のための政治か 劇作家・山崎正和さん」、『朝日新聞』2017年10月11日(水)付。

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2017衆院選 誰のための政治か 劇作家・山崎正和さん
2017年10月11日


「天下を取るには狂わねばならぬ」。かつて戯曲「野望と夏草」で平清盛にこう語らせた=小林一茂撮影
 とにもかくにも、第48回衆議院選挙が公示された。急な解散と政治家の離合集散に、目を回しているばかりでもいられない。この選挙の意義は何か。足もとの混乱から視線を遠くに保ち、何らかの見通しをつけることはできないだろうか。数々の文明論を著し、現実政治とも関わりを持ってきた劇作家の山崎正和さんに聞いた。

 ――解散から公示までの一連の動きをどう見ていますか。

 「どういう政策を実現するのかで政治家が奮い立つのではなく、政権を取ることが一番の関心事になっています。日本政治の長年の病が、固まって噴き出してきたように思えます。私たちは歴史的な瞬間に立ち会っているのかもしれません」

 ――病が噴き出したのは、時代的背景があるのでしょうか。文明論から解きほぐせませんか。

 「いまは社会の時間と政治の時間が乖離(かいり)しているんです。以前はかみあっていたんですが」

 ――どういうことでしょう。以前とはいつごろですか。

 「社会の現象の進み方に、時間がかかる時代になりました。しかし、政治がそれを早めたり、改善したりする力が弱くなった」

 「以前というのは20世紀のことです。当時は社会的時間が速く、『日々是新(ひびこれあらた)』という実感がありました。技術革新という観点から言えば、抗生物質の出現で感染症がほとんどなくなり、文明を脅かす病気だった結核が激減しました。私自身も若い頃に結核にかかり、ストレプトマイシンのお世話になった。結核の特効薬が生まれるという話を聞いてから、実際に使われるまで10年くらいでしたか。東海道新幹線も、元は戦前の弾丸列車計画ですが、戦後に話が出て、完成するまでは瞬く間でした。そして日本人の生活が変わった。そのほか、ジェット飛行機ができてアメリカまで半日で行けるようにもなりました」

 ――それに対して21世紀は、社会や生活が変わるスピードが遅くなったと。

 「技術革新が、以前より非常にゆっくりになっています。リニアモーターカーは、宮崎実験線から東京―名古屋の開業まで50年の見込みです。自動車の自動運転は、社会的に実現するには優に20年から30年はかかるでしょう」

 「最近は自然災害が多く、これはマスコミのおかげですが全日本的に受け止めて、重大事件と認識するようになった。災害から完全に復旧するには10年、15年という時間を必要とします。東日本大震災原発事故がありましたから、半世紀はかかるはずです」

 「ものごとが遅々として進まないというイライラが、私たちを襲っています。世界に目を向けてみても、20世紀に起こった二つの世界大戦は、4年から6年で終わった。ところが21世紀になると、アフガニスタンイラクでの戦争はもう20年近く続いています」

 ――そうした21世紀に、政治はどう対応しているのでしょうか。

 「政治の時間は以前と同じように進んでいます。衆議院議員の任期は事実上3年程度。自治体の首長は4年です。つまり政治の時間は3〜4年が単位になっている。これでは、変化に時間がかかるようになった社会現象を、政治が実質的に動かすのは難しい」

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 ――政治的時間と社会的時間が一致した例はあるのでしょうか。

 「1960年代前半の池田勇人内閣は『10年で所得倍増』という政策を掲げました。彼の任期中には実現しなかったけれども、日本経済はめきめきと成長し、7年で所得倍増を達成してしまった。ある政策を立て、課題を解決する政治的時間が、社会的時間とかみあっていたんです」

 「その後の佐藤栄作内閣の沖縄返還田中角栄内閣の日中国交正常化も、公約を任期内に果たすことができた。公約が実際に実現可能であれば、政治家は当然努力をするし、国民もそれを目撃することができます」

 「しかし、現在の北方領土問題も尖閣諸島問題も、当分の間は解決しないでしょう。選挙の公約に掲げても、誰も信用しない」

 ――確かに、政治がいま、社会を大きく変えられると思っている人は少ないかもしれません。

 「21世紀は政治が社会変化のテコにならず、政策のリアリティーがだんだんと消えています。ところが政治家は政治的日程で動き、とにかく選挙がやってくるから、実現が疑わしいとしても何らかのスローガンを立てざるをえない。すると、次第に国民のための政治ではなく、政治家のための政治になってくる。国民は『勝手にやってろ』と思うようになります」

 ――今回も、政治的思惑ばかりが目立ちます。

 「今度の解散はひどい。安倍晋三首相が内閣改造をし、『仕事人内閣』と称したのにすぐ解散してしまうのですから、国民をバカにしていると言われても仕方ない」

 「同時に、政策より政権の争奪が焦点なら、現れてくるのはネガティブキャンペーンです。安倍政権を野党が追及してきた森友学園加計学園問題は、かなり怪しい事件ではあるでしょう。野党の言い分も、全く否定はできません。しかし、『それしかないんですか』という感じがある」

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 ――安倍政権が最大の柱として掲げてきた経済政策、アベノミクスの5年間はどうでしょうか。

 「アベノミクスという命名は成功したと思います。失業率は幸いなことに低くなり、正社員の有効求人倍率が1を超えた。首相が経営者を集めて賃上げを迫るのも面白かった。ただ、彼や日銀総裁が大声で叫んだ物価上昇率2%は、何年かかるか分からない。ここにも社会的時間の問題があります。アベノミクスが成就したという感じは私にはありません」

 「政策がフィクション(虚構)と化せば、人々の関心を引くためには、劇場政治にならざるをえない。劇作家の立場からは、劇場とはもう少し立派なものなんですが(笑)。その劇場の中で、比較的名優である安倍首相は、自民党のほとんどの競争相手を抑え込んできました。第2次政権の安倍首相は、きわめて芸術的なポリティシャン(政治屋)でした。ただ、他の政治家は不満を持つし、国民も何となく退屈してきたのだろうと思います。何か具体的な政策が実現していれば、人心が倦(う)むことはなかったのでしょうが」

 ――一方で希望の党立憲民主党を見ていると、政党政治とは何だろうと考えさせられます。

 「醜い争いでしたが、幸いなことに戦前と違い、政党政治をつぶした軍部や元老は、いまは存在しません。政党政治の欠点は、政策が政党ごとにセットになっていることです。だから個々人に常に不満が発生する。そこは政党が気をつけなければいけない。うぬぼれたら大変なことになります」

 「急ごしらえの政党は、世界的な現象なのかもしれません。フランスのマクロン大統領もそれで勝ち上がった。ただ、フランスでも日本でも、党が成熟できるかどうか。カギは政治家の教育です。教育がなければ長続きしない。かつて自民党では、派閥が教育していました。せいぜい100人以下なので目が行き届く。先輩が後輩にものの言い方とか細かいことを教えていました。今はそういう派閥はあまりないそうです」

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 ――政策が虚構となるなかで、劇場化する日本の政治が社会にもたらすものは何でしょうか。

 「国民の政治的無関心が、ますます進むかもしれません。この選挙は新しい対立軸ができたように見えますから、関心を持って投票する人がいて、投票率は上がるかもしれない。ただ、だんだん構図が見えてくると、政治は好きな人に任せておこうとなり、扇動者に丸投げする本格的なポピュリズムが現れる危険性があります」

 「一番の問題は、日本をどういう方向に導くかという議論がほとんどないことです。たとえば人口が減り、高齢化が進む中で、移民の受け入れを促進するのか。しないのならば、移民のかわりにロボットを増やすのか。あるいは、人間がいないし資源もないのなら、知的才能を徹底的に開発して技術革新の先頭に立つのか。そのような一種の理想像ですね」

 「技術革新について言えば、各政党が議論している教育の無償化ではトップの学力が高くなるとは限りません。大学の助教は今、任期が切られて予算も限られ、本当に不安な状態に置かれています。若い研究者が継続的に研究できる社会にしなければ、技術革新などおぼつかないでしょう」

 ――政治家や有権者は、この時代にどうすべきでしょうか。

 「社会的時間が遅くなっているので、政治家は『任期中に実現しそうな政策』ではなく、『20年先、30年先に成功する政策』を打ち出してほしい。たとえば、税金の使い方次第で出生率が上がるのなら、そういう政策は必要でしょう。ただ、日本の人口減が止まるのは20年先、30年先になります。原発の是非にしても、将来のエネルギー政策を考えるべきです。有権者もそこまで政策を見すえて投票してほしいですね」

 (聞き手 編集委員・村山正司)

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 やまざきまさかず 1934年生まれ。「世界文明史の試み」「山崎正和全戯曲」(全3巻)など著書多数。聞き書き回顧録に「舞台をまわす、舞台がまわる」。
    −−「2017衆院選 誰のための政治か 劇作家・山崎正和さん」、『朝日新聞』2017年10月11日(水)付。

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