覚え書:「砂上の楼閣?社会保障は国難なのか」、『朝日新聞』2017年10月17日(火)付。

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砂上の楼閣?社会保障国難なのか
2017年10月17日


 安倍晋三首相は、少子高齢化を「国難」の一つと位置づけ、総選挙に打って出た。財源の裏づけが乏しいままの社会保障は、危うい砂上の楼閣なのか。受益と負担を改めて考える。

負担増、サービス抑制・・社会保障の未来図はどこに?
 

優先政策、与野党で競って 田中拓道さん(一橋大学教授)
写真・図版
たなかたくじ 1971年生まれ。専攻は政治理論、比較政治。新潟大学准教授などを経て現職。著書に「福祉政治史」など。
 

 日本はいま、三重苦に直面しています。少子高齢化財政赤字と社会的格差です。

 家族が子育ても介護も担う日本型福祉社会は壊れつつあります。少子化が進むのは家族をつくるのが重荷だからです。国の借金はGDP比約200%と、財政赤字は先進国最悪。格差は正規と非正規の労働者、男性と女性、都市と地方の間で広がっています。

 複合的な問題なので、政党には政策をパッケージで示す責任があります。持続可能な社会や経済をつくるには、中長期的な視点から不人気政策も必要になる。しかし今回の総選挙では、政策がパッケージになっていません。ポピュリズムは世界的な傾向ですが、消費税の増税を凍結するにしろ、財政再建を先送りするにしろ、日本では不人気政策を避ける傾向が顕著です。

 日本の政治的争点は、戦後一貫して安全保障や憲法でした。重要な問題ですが、与野党で安保政策が全く異なり、政権交代でころっと変わるのは望ましくない。私が研究するフランスなどヨーロッパでは、右派と左派が生活に密着した問題で選択肢を競い合ってきました。

 ヨーロッパで、日本の消費税にあたる付加価値税が導入されたのは1960年代です。失業や病気、老齢などのリスクを国家が支える代わりに、国民から広く薄く税を集めると決め、福祉国家に向かいました。税率も上がりますが、自分たちに返ってくる感覚があり、大きな抵抗にならなかったのだと思います。

 90年代にグローバル化に直面すると、社会保障の削減や緊縮財政、雇用流動化など新自由主義的な政策を実施します。しかし、市場化だけでは社会の分断が広がり、ポピュリズムの温床になる。ここに新しい左派が生まれました。手厚い福祉はもはや難しいのですが、女性の就労支援など、多様なライフスタイルを保障し、人々を包摂する方向へ政策を刷新しました。

 これらも踏まえて日本の選択肢を考えると、消費税を上げないのなら、市場をより重視した経済政策と雇用の規制緩和が必要でしょう。さらに社会保障、特に高齢者向け支出の削減が必要になる。

 もう一つの選択肢として、多様なリスクに対応し、家族を形成しやすい政策を展開するのなら、ある程度の税を求めることになる。たぶん消費税は20%程度になる。

 ただ、財政再建や年金改革など長期的な取り組みが必要な課題は、国会の中で与野党で合意し、選挙の争点にはしない考え方もあります。だれも税金は払いたくないし、年金も減らされたくありませんから。その上で身近な政策の優先順位を与野党で競い合う。増税を決めた2012年の3党合意は、この点では重要な成果だったと思います。

 (聞き手・編集委員 村山正司)

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 たなかたくじ 1971年生まれ。専攻は政治理論、比較政治。新潟大学准教授などを経て現職。著書に「福祉政治史」など。

 

増税実現、大連立してでも 峰崎直樹さん(元民主党参院議員)
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みねざきなおき 1944年生まれ。92年から参院議員を3期務め、民主党政権で財務副大臣などを歴任。引退後に内閣官房参与
 

 税率10%への消費税の増税を決めた2012年の3党合意に、内閣官房参与としてかかわりました。当時の民主党政権が自民、公明と手を携えた、事実上の大連立でした。

 皮肉なことに、政権が順調であればできなかったでしょう。政権交代は果たしても、マニフェストの財源を生み出せず迷走した。合意の2年前、菅直人首相が増税を突如公約に掲げ、直後の参院選で惨敗しますが、野田内閣に受け継がれて実現しました。

 反対は根強く、党の分裂も招きました。でも、高齢化で社会保障費が国の予算の3分の1を占める実態を踏まえれば、消費税は上げざるをえなかった。しかし、低成長経済のもとで負担増を求めることは、非常に難しいことです。大連立のように国会議員の大半が賛同する政治状況をつくり、丁寧にものごとを進めないと、たどりつけないほどの難しさがあります。

 税率5%への引き上げを決めた1994年の消費増税関連法のときも、自民、社会、さきがけの3党による村山連立内閣でした。

 所得税減税を先行させましたが、こうした制度設計を決める税制改革協議会のメンバーに、社会党参院議員として参加しました。共に議論した自民党メンバーの多くは、いわゆるハト派でしたね。

 3党合意のときも、道を整えたのは亡くなられた与謝野馨さんら、自民党の人たちです。保守といわれる自民党ですが、社会保障や財政の健全性を重視する政治家は、専門家や官僚をうまく活用していました。党内で多数派になれなくても、他党と手を結べば増税が実現するという政治力学があるのかもしれません。

 私が政治家になった92年当時、社会党内では消費税へのアレルギーはまだ相当強くありました。その3年前に、三つの内閣を通して3%の消費税が導入されました。税を上げて所得の再分配を高め、生活を豊かにしようという社会民主主義的な勢力は、本来は社会党に育っていなければいけなかった。しかし、高齢社会に備えてグランドデザインをつくる能力は弱かった。

 高度成長の時代から、成長の果実を減税で還元するのではなく、税収増を社会保障や教育に目に見える形で再分配していれば、もう少し国民の側も負担増の議論に入りやすかったはずです。

 政治家の多くは、易(やす)きに流れます。急速な高齢化で、財源がないまま進めた「給付先行型福祉国家」は、砂上の楼閣です。日本銀行の異次元の金融緩和で金利が低いから、少々赤字を増やしても大丈夫という理屈は非常に危うい。

 選挙を考えれば尻込みするのはわかりますが、未来に責任ある政治家は、つらくても厳しい現実を訴え、国民も受け止めていかなければなりません。

 (聞き手・山田史比古)

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 みねざきなおき 1944年生まれ。92年から参院議員を3期務め、民主党政権で財務副大臣などを歴任。引退後に内閣官房参与

 

困窮者、走りながら支える 川口加奈さん(NPO法人ホームドア理事長)
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 かわぐちかな 1991年生まれ。大阪市立大2年時に、ホームレス支援のNPO法人Homedoor(ホームドア)を設立。
 

 安倍政権になったからなのか、リーマン・ショックから立ち直ったからなのかはわからないですけど、有効求人倍率は上がりました。でも、生活に困窮する人が減ったわけではないと感じています。

 ホームレスの人やネットカフェで生活する人たちをサポートする活動を、14歳から始めました。現在は四つの仕事でホームレスの人たちを直接雇うほか、支援を受けている人と人手不足の企業のマッチングもしており、うちに来る求人は確かに増えました。

 ただ、相談にくる人は平均で45歳ぐらいと若年化する傾向にあり、20代の私と同世代や年下の人も少なくありません。虐待などで家族による支えが受けられない人、奨学金の返済で家賃が払えなくなった人などさまざまです。若い人たちはすぐに仕事は見つかるけど、非正規で労働環境が劣悪なことが多く、すぐやめざるをえません。ホームレス状態に戻ることを繰り返し、問題を深刻化させています。

 求人倍率の上昇よりも、待遇など雇用環境のいい会社を増やすことが政策的に必要ですが、それだけでは解決しません。複数の社会問題が積み重なった結果としてのホームレス問題なので、支援には柔軟性や多様性が必要です。大きな枠組みで動かざるをえない行政では、支援の解を見つけるのは難しいでしょう。

 そこに私たちがやる意義がある。いま路上で苦しんでいる人がいるならば、やらないよりはまだ、やる方が何かが変わるはず。だれもが何度でもやり直せる社会に変えたいとの思いから、日々模索しながら、支援メニューを磨いています。具体策を行政に提案できるまでになれば、それを全国に広げてくれるのが、政治の力なのだと思います。

 政治家が活動を視察に来ることは多いです。本気で問題を何とかしたいと思っているのか、一種のPRか、二極化している感じです。本気度って、みえてくるものですね。

 選挙公約は聞こえがいいことを並べるのでしょうが、たとえば生活保護制度はいまのままで良いのでしょうか。生活保護から脱却しにくい現状を改善し、必要な人がもっと利用しやすいしくみになってほしい。でも、財源も限られていて難しい。公約であまり取り上げられていませんが、将来に向けて考えなければいけないことでしょう。

 私生活では社会保障の実感は乏しいです。給料の額面と手取りの差の大きさに「こんなに税や社会保険料を払うんだ」と驚くだけです。

 うちで働くおっちゃんたちから「投票行ったって自分の生活変わらんやろ」って言われたこともあります。与党も野党も困窮者対策は不十分と感じますが、投票にも行かないよりはまだ、行く方が何かが変わるはずですよね。

 (聞き手・山田史比古)

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 かわぐちかな 1991年生まれ。大阪市立大2年時に、ホームレス支援のNPO法人Homedoor(ホームドア)を設立。

 

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