覚え書:「2017衆院選 一票の手がかり 安田菜津紀さん、松田和也さん、安永彩華さん」、『朝日新聞』2017年10月21日(土)付。


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2017衆院選 一票の手がかり 安田菜津紀さん、松田和也さん、安永彩華さん
2017年10月21日

グラフィック・岩見梨絵

 明日22日は衆院選の投票日。「国難を突破」「お友達政治を変えよう」「まっとうな政治」といったスローガンのような訴えが目立つなか、私たちは何を手がかりに一票を投じたらよいのか。

特集:2017衆院選
自分の大切なこと、起点に 安田菜津紀さん(フォトジャーナリスト)
 政治に対して思うことを投票行動で示して、と今回のように急に求められても、どこから手を付けていいかわからないほどあまりにも大きな問いかもしれません。でも、実生活で、何を意識して暮らしているのか見つけることはできます。自分は何を大切にしているのかな、と。

 例えば、友達。私は、学生時代の親友が性的少数者でしたから、彼女が生きやすい社会にしたいと思います。それが私の起点の一つです。

 どの政党も、LGBTを含む性的少数者に目を向けますといった公約を掲げています。ただ、ダイバーシティー(多様性)の実現と言っているのに外国人参政権を認めないという話が聞こえてくると、矛盾していないかと疑問が湧いてくる。性的少数者への取り組みも本気かな、と鵜呑(うの)みにできなくなります。

 こんな起点があると、他の公約項目にも目を向ける基準ができます。昔と変わったな、と時間軸でチェックしたり、主張全体の整合性を考えたり。「なぜ?」と考えながら、改めて公約一覧を並べてみてください。ネガティブで、消極的な選択ではなくなっていくはずです。

 起点は、それぞれの実感や経験でいいと思います。自分の中で対話をし、それから選挙を眺めてみるのです。

 私はいま中東の取材を続けています。その経験から、人が恐怖を感じる言葉は注意して扱うべきだと感じます。

 中東では、いまだにイラク戦争が人々を翻弄(ほんろう)しています。政治家たちは「自衛のため」「テロとの戦い」と拳を振って自分の正義を掲げ、恐怖心をあおる言葉を多用し、それがさまざまな対立を生み出しています。私と同年代のあるイラク人は、転々とした難民生活を強いられています。「戦争が始まると、自分たちはチェスの駒なんだ。動かす人は傷つかず、駒ばかりが傷つく」と彼は言います。

 日本も無関係ではありません。別のイラク人に「イラク戦争で米国に追随した日本に責任はないのか」と面と向かって言われたときは、返す言葉がありませんでした。

 いま万が一、北朝鮮と米国の間で、犠牲者を出すような衝突が起これば、米国と一緒に圧力をかけ続けた日本の姿勢は、どう、人々に問われるでしょうか。緊張をとかす道を日本は探りきれているでしょうか。

 感情に訴える言葉は、思考を止めようとする。公約がそんな言葉になっていないか、私は注意深く見ています。

 考える起点は、選挙が終わった後も役に立ちます。国会でどういう議論が行われ、誰が何回質問に立ったのか、と自分なりの政治の間口を広げていくことができます。その積み重ねがあれば、次に選択を迫られても慌てずに臨めるはずです。(聞き手・村上研志)

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 やすだなつき 87年生まれ。国内外で貧困や災害を取材。著書に「君とまた、あの場所へ—シリア難民の明日」など。

理念の深さ、行間から探る 松田和也さん(蔵ホテル一関社長)
 岩手県一関市にある私たちのホテルは、東日本大震災のとき、泊まるあてがない方を無料で受け入れ、医療関係者らの活動拠点になりました。当時、実は倒産の危機からの再建中で、億単位の負債を抱えていました。それでも、震災後、復興関連の補助金をもらわず、立て直せました。

 社長として、理念を大切にしていることがよかったと思います。「真のおもてなしとは」「地域貢献の実現に必要なことは」。常日頃、社員と話し合い、自分たちの理念を作り上げ、それに基づいて計画を策定します。理念が社員に浸透すれば、サービスに表れ、お客様にも伝わります。「高いな」と言いつつ泊まっていただける。これが再建につながり、おかげさまで宿泊率は8割を超えています。

 国を企業としてみると、負債が1千兆円を超えるバランスシートは破産状態です。企業なら経営者の刷新が必要ですし、そうでなくても、新たな理念を掲げないと国民はどうしていいかわかりません。

 今回の争点では、教育無償化に注目しています。気になるのは、政策の背後に深い理念があるのかどうかです。

 「教育」はどの企業にとっても関心事です。人手不足とはいえ、必要なのは数あわせの人員ではなく、仲間として働ける人材です。それには教育の充実が欠かせません。

 ホテルで言えば、料理は、テーブルでの給仕、お店のBGMなども含めた総体的なサービスができて、来てよかったという「後味」を感じていただけます。それを調理師にもわかってほしい。そうすれば料理の中身も変わります。

 こうした働く姿勢の基礎になるのが教育です。ものごとを全体と部分の両方でわかることが、組織での自分の役割の理解につながります。仕事で経験を積むことも大事ですが、学校や大学で人の話を聞いたり、本を読んだりすることが基盤になります。

 人材が全国的に底上げされれば、地方経済にもプラスです。復興の速度も人材の有無で差がついていました。

 教育無償化はすべての人に波及します。だから所得制限をせず、みんなの教育機会を保障したらいい。そのとき必要なのは「誰でも安心して日本で働く術(すべ)を身につけてもらう。それが日本の再生につながるんです」といった理念です。財源論の前にそれを社員ならぬ国民に伝えてほしい。

 教育の充実は各党が掲げていますが、具体策か大げさなスローガンが語られるばかりです。なぜ充実させるのか、働き方をどう変えるのか、そして日本をどんな社会にするのかは見えづらい。

 難しいですが、誰かに投票しなきゃいけない。理念や目指す社会像を、党首や候補者の言葉、政策の行間から探るしかないかなと思います。(聞き手・村上研志)

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 まつだかずや 61年生まれ。不動産業などを経て、2006年から現職。社員30人余りと復興支援も続けている。

国難」、若い世代への圧力 安永彩華さん(大学1年生)
 九州出身の私は今年4月、東京の大学に入学しました。

 勉強をするなら東京でと思っていました。他大学との単位互換制度があり、自分の大学の枠を超えて優秀な学生と知り合える。人もモノも情報も東京に集中し、地方はいまひとつ元気がないようです。故郷の北九州市は高齢化が深刻で若者が流出しています。

 ただ、地方出身者が東京の大学で学ぶのは大変です。家賃と光熱費、朝夕の食事付きで月15万円の民間の学生会館で暮らしています。大学の寮は定員が少なく、あきらめました。奨学金の枠も少なく、それも貸与ばかり。多額の借金を背負って社会に出るのは不安です。普段は勉強で忙しいので、バイトは夏休みにまとめてしました。両親はぎりぎりでやりくりしてくれています。ですから、各党が教育無償化などを語る今回の選挙には特に関心があります。

 大学の友達は、投票にあまり行かないようです。地方出身者が多く住民票を移していないのです。故郷の選管から書類を取り寄せれば不在者投票ができますが、そこまでする人は少ない。インターネットの時代、もっと簡単に投票できないでしょうか。

 若者の保守化が指摘されますが、私はあまり感じません。ただ、野党はしょっちゅう代表が代わったり分裂したり。頼りないと思われているのは確かです。

 選挙では世代の差を感じます。安倍首相は特に憲法9条の改正に熱心で、改憲に前向きな野党も多いようです。万が一、戦争になったら行かされるのは私たちです。戦争に行かない世代が、あれこれ言うのはおかしくないですか。

 それに、私が生まれた時から少子高齢化は問題だったはず。今になって「国難」とか言われて、若い世代にたくさん子供を産みなさい、と圧力をかけられても困ります。

 私たちの世代の代表が政治家になれば、政治は変わると思います。選挙権が18歳に引き下げられたのだから、被選挙権も20歳にしたらいいでしょう。

 幼児教育の無償化も論じられています。私は、0歳から小学校に上がるまで保育園に通いました。別の保育園の保育士だった母は、夜9時まで働くこともありました。お迎えが間に合わないので祖父母が来てくれました。働く親が安心して子育てができるよう、まずは保育園を増やし保育時間も長くしたり保育士の待遇を改善したりするのが先ではないでしょうか。

 市議会議員選挙の投票はしましたが、国政選挙は今回が初めてです。故郷の衆議院選挙の小選挙区で落選した人が、比例区惜敗率のわずかな差で復活当選したことを覚えています。小さな一票ですが、力を発揮するときがあります。決して無駄にはしません。(聞き手・桜井泉)

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 やすながさやか 98年福岡県生まれ。北九州市の高校を今春、卒業し、お茶の水女子大学で学ぶ。教育学に関心がある。
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