覚え書:「【考える広場】虹はここに立つ LGBTと社会」、『東京新聞』2017年09月30日(土)付。

        • -

【考える広場】

虹はここに立つ LGBTと社会

2017年9月30日


 同性愛や性同一性障害などの性的少数者(LGBT)への理解が広がってきた。LGBTの人たちは多様な性的指向を表す虹(レインボー)をシンボルにしているが、もはや虹は遠くに見えるものではなく、ここに立っている。現状と課題を当事者たちに聞いた。 
 <LGBT> レズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー性同一性障害など心と身体の性に違和感のある人)の頭文字を取った性的少数者の総称。博報堂DYグループのLGBT総合研究所の調査(昨年)では、ゲイなどの4項目以外も含めた性的少数者の割合は8・0%だった。東京都渋谷区や三重県伊賀市など6自治体は、同性カップルをパートナーと認める制度を導入している。

◆性のこと話し合って
牧村朝子さん
写真
文筆家・タレント 牧村朝子さん
 フランス人の女性と、フランスの制度を利用して結婚していました。彼女の家族として扱ってもらえたし、配偶者としてビザを取得することもできた。結婚は日本では書類上の男女にしか認められていませんが、日本とフランスどちらが進んでいるとか遅れているという話ではないと思います。
 同性婚が法制化される時のフランスの反対デモは激しかった。住んでいたアパートの近くには差別的なポスターが張られていて、私は移民だし、存在するなと言われているような気持ちでした。同性カップルが殴られたり、水を掛けられたりという報道もありました。「だから海外は怖い」などと人ごとにせず受け止めたいですね。
 同性婚を自分たちの社会のこととして国会で議論したフランスと、していない日本では違いがあります。ただ、フランスにも保守的な人はいるし、いろいろな考え方の人がいる。それは日本でもフランスでも同じです。あとはそれぞれが違いを受け入れられるかどうかだけではないでしょうか。
 LGBTという言葉が広まったのは、とても良いことだと思っています。「いないこと」にされていた人たちが「LGBT」という同じ箱に入ったことによって、世の中に分かってもらえました。LGBTへの差別がなくなることで、誹謗(ひぼう)中傷のリスクがなくなるのは当事者だけに限りません。問題は「男のくせに」「女なのに」と言われるような性差別。「かわいそうなLGBTを救ってあげましょう」なんて矮小(わいしょう)化しないでほしいんです。性について話すことはタブーとされがちです。でも肉体を持って生まれてきた以上は、望む望まないにかかわらず性が関わってくる。ちゃんと話さなくてはいけないことです。
 私の夢は、私がおばあちゃんになったときに、若い女の子のカップルから「レズビアンって何?」っていわれること。男女で交際している人は、自分が異性愛者だとするカミングアウトなんて求められない。だけど、同性同士だからってそれを求められている。私は自分に対してレズビアンだとカミングアウトするまでに十二年かかりました。もし同性同士の交際が受け入れられている社会なら、どれだけの涙を流さず、苦しまずにすんだか。だから、こんなことは私の世代で終わらせたいのです。
 (聞き手・中山梓)
 <まきむら・あさこ> 1987年、神奈川県生まれ。2010年度のミス日本ファイナリストに選ばれる。13年にフランスで女性と結婚した。著書に『百合のリアル』(星海社新書)などがある。

◆先進的な対策広める
前田邦博さん
写真
LGBT自治議員連盟世話人 前田邦博さん
 議連発足に合わせて同性愛者であることをカミングアウトしました。反響は驚くほどでした。私が中高年で、既に議員として活動していたことが理由のようです。LGBTはとかく若者の課題として見られがちですが、高齢者の中にもいるし、社会のあらゆる層にいることのアピールになったのでしょう。
 なぜ公表したかというと、支援者の応援や地元の東京都文京区で四年前に施行された男女平等参画推進条例でLGBTへの差別が禁止されるなどの追い風がありました。しかし、もっと大きい要因は国レベルの法整備の状況です。LGBTに関して現在、超党派の議連による法案と自民党独自の法案があり、膠着(こうちゃく)状態になっているのです。
 私は今年、五十二歳になる。パートナーまたは自分の介護や死別という問題に直面する世代になり、「もう待てない」と焦ります。高齢化に伴う諸問題に関して、LGBTには家族や地域社会といったバッファー(緩衝材)がなく、より深刻な状況に陥るのです。この問題を理解してもらうためには、存在するにもかかわらず十分な施策もなく無視されてきたLGBTの可視化が必要だと思いました。
 自治体議連として何ができるか。ここ数年、いろんな自治体でパートナーシップ条例などの取り組みが進みました。自治体でもできることがあるという発見があったんですね。そうした先進的取り組みを横に広げていきたい。各地の取り組みは一色ではなく、地域の状況に合わせて多様です。後発の自治体は先進例の中から参考になるものを選べばいい。会員の交流機能も重要です。この問題に取り組む議員にとって仲間がいることはとても心強い。議連が個々の議員を支えたいですね。
 東京のLGBT対策は石原都知事の時代に後退し、「失われた二十年」を体験しました。しかし、今回は流れはもう戻らない、不可逆的だと感じます。もちろん変化は簡単ではない。意欲的な職員、理解のある首長、熱意ある議会・議員、戦略的な市民運動の四つの要因のうち二つ以上ないと難しいともいわれます。自治体が対策を進めない理由に「住民の理解がない」があります。しかし、何もしないで放置するのは差別に加担するのと同じです。理解がないからこそ、行政や議会が率先して生きづらさの解消に立ち上がるべきです。
 (聞き手・大森雅弥)
 <まえだ・くにひろ> 1965年、東京都生まれ。早稲田大卒。99年に東京都文京区議に初当選し、現在5期目。今年7月に発足したLGBT自治議員連盟では、ほかの4人とともに世話人を務める。

◆組織を強くする鍵に
市川武史さん
写真
オンザグラウンドプロジェクト代表 市川武史さん
 LGBTを支援する「オンザグラウンドプロジェクト」を始めたのは四年前。企業や自治体でLGBTへの理解を深めるための研修や助言をしています。
 これまで約百の企業や自治体で実施しました。驚かれるのは「十三人に一人」というLGBTの比率です。これは「佐藤」「鈴木」など数の多い名字の上位七つの合計と同程度です。
 自分自身、高校生でゲイだと気づき悩みました。最初の職場で公表できたのは、同性愛差別の発言があると「傷つく人がいるからやめよう」と言ってくれる上司の存在が大きかった。
 活動を始めたきっかけは、ゲイの視点から「社会や企業、サービスの仕組みが使いづらい」と思ったこと。人権問題として語られることが多いですが、LGBTに配慮した取り組みは、企業にとって優秀な人材獲得や商機にもつながります。たとえば研修に積極的に取り組む小売り大手の丸井グループには「消費者として応援したい」との声も寄せられているそうです。
 ここ数年、学生や転職希望の人から「LGBT施策に取り組む企業を教えて」という問い合わせが増えました。こうした企業を紹介するイベントも盛況です。感触ですが、当事者ではなさそうな人も多い。人気の理由は「社会動向・課題に感度が高く、働きやすそうだから」。
 例えば愛知県瀬戸市の運輸会社は同性パートナーを持つ社員にも結婚祝い金を支給、戸籍上の性別変更が難しいトランスジェンダーの人が通称名を使えるようにしました。「応募者の表情がパアッと明るくなった」そうです。岐阜県関市の小さな町工場の社長さんは「下請け仕事の繰り返しから脱却するには、人それぞれの持つ感性を新たなものづくりに生かす必要がある」と、LGBTや障害者を含め、それぞれの「違い」を「強み」に変えるしなやかな組織づくりに取り組まれています。
 関市は、市長を先頭に取り組みに熱心で、全職員が研修を受けています。一人一人の職員の意識が変われば、自治体の施策の持続性につながります。
 私たちの活動はLGBTを特別扱いしろということではありません。制度の整備も大事ですが、意識を変えることが大事。日常のちょっとした言動や気遣いが、全ての人の働きやすさ、生きやすさにつながると信じています。
 (聞き手・出田阿生)
 <いちかわ・たけし> 1982年、愛知県生まれ。名古屋市を拠点にプロジェクトを展開。今年、LGBT施策に取り組む企業を紹介する「ワーキングレインボーエキスポ」をスタートさせた。
    −−「【考える広場】虹はここに立つ LGBTと社会」、『東京新聞』2017年09月30日(土)付。

        • -


東京新聞:虹はここに立つ LGBTと社会:考える広場(TOKYO Web)