覚え書:「文化の扉 西国三十三所、慈悲の旅 来年開創1300年/「免罪符」求め、観音さまへ」、『朝日新聞』2017年10月29日(日)付。


        • -

文化の扉 西国三十三所、慈悲の旅 来年開創1300年/「免罪符」求め、観音さまへ
2017年10月29日


写真は各寺院提供/グラフィック・山中位行

 日本最古の巡礼の道とされる「西国三十三所(さいこくさんじゅうさんしょ)」は来年、開創1300年を迎える。京都・清水寺や奈良・長谷寺をはじめ33寺にまつられるのは観音菩薩(かんのんぼさつ)。33の姿に変えて人々を救うという観音さまの慈悲に出会う旅に出かけてみませんか。

 西国三十三所は京都や奈良など近畿を中心に2府5県にまたがる。道のりは1千キロに及ぶ。

 始まりは奈良時代の718年。「西国巡礼縁起」によると、長谷寺を開いた徳道上人(とくどうしょうにん)が病で仮死状態になり、冥土で閻魔(えんま)に会った。閻魔は「最近、地獄に落ちる者が多い」と嘆き、伝えた。「観音さまの霊場にお参りすれば、功徳を得られる。観音さまの慈悲を説け」。閻魔から33の宝印(ほういん)(印鑑)と起請文(きしょうもん)(契約書)を授かった徳道は現世に戻り、33の宝印を広めた。

 この宝印に込められたのは「地獄に落ちないように」。西国三十三所は、いわば「地獄の免罪符」で、すべて巡れば地獄に落ちなくてすむことになる。

 だが、伝承では、徳道のころはまだ巡礼が受け入れられず、徳道は兵庫・中山寺(なかやまでら)に宝印を納めた。平安時代の10世紀、花山(かざん)法皇が宝印を掘り出し、三十三所を再興したと伝わる。平安後期には天皇や公家が巡るようになり、鎌倉時代から室町時代にかけ徐々に庶民にも広まった。

     *

 巡礼がもっとも盛んになったのは江戸時代中期以降。街道が整い、宿も増えた。庶民の楽しみの一つは旅。伊勢参りや熊野詣(もうで)が三十三所と結びついた。

 江戸を出発して伊勢神宮を参拝し、三十三所1番目の和歌山・青岸渡寺(せいがんとじ)へ。近畿をひと回りして、33番目の岐阜・華厳寺(けごんじ)。さらに中山道(なかせんどう)へ抜け、信州善光寺をお参りして江戸に戻った。一生に一度の大旅行だった。

 それまでは、たんに「三十三所観音霊場」と言っていたが、このころ、江戸から見た「西国」を付けて呼ぶようになった。順番も今の1〜33番に定まり、江戸の近くの坂東三十三所秩父三十四所も盛んだった。

 西国三十三所御朱印(ごしゅいん)や千社札(せんじゃふだ)の始まりでもあるという。お参りした証しに納経帳(のうきょうちょう)を寺に納め、寺は確認の意味で印を押した。この印が、近ごろ人気の御朱印のルーツだ。また、参拝者は寺の天井などに木札を打ち込んだ。木札が紙に変わり、千社札になった。10年以上かけて33寺すべてを33回巡る参拝者も出てきた。三十三度行者(ぎょうじゃ)と呼ばれ、三十三所を各地に広めた。

 帝塚山大学の西山厚教授(日本仏教史)は「多くの名刹(めいさつ)を含み、わが国を代表する巡礼として、昔も今も多くの人々の心をとらえている」と言う。

     *

 四国八十八カ所との違いは何か。八十八カ所は山岳信仰などに由来し、海辺や山中で苦行する道「辺路(へじ)」が遍路になったとされる。同行二人(どうぎょうににん)といい、弘法大師とともに歩く。西国三十三所は観音さまの慈悲を授かる巡礼で、「遍路」とは呼ばない。

 極楽浄土にいる阿弥陀如来と違い、観音さまはあえて浄土には行かない。現世で苦しむ人々を幸せにしようと誓いをたて、33の姿に変える。33とは無限を意味し、あらゆる姿に変えて人々を救ってくれる。竹生島宝厳寺(ちくぶじまほうごんじ)(滋賀県長浜市)の峰覚雄(かくゆう)・管主(かんしゅ)(住職)は「観音さまは正式には観世音(かんぜおん)菩薩。世の音を目で見るのではなく、苦しむ人の声なき声を心で観(み)る」と言う。

 峰さんが実行委員長を務める記念事業では、寺に親しんでもらおうと、子ども向けの御朱印帳や寺ごとの特別印を作った。来年4月15日には長谷寺で記念法要を営む。「心の豊かさがおろそかになった今こそ、観音さまの寺をお参りし、心の奥底に眠る真理を再発見してほしい」(岡田匠)

 ■心の浄化、今こそ 俳優・杉本彩さん

 西国三十三所を紹介するテレビ番組のナレーションを務めています。京都で生まれ育ったので、お寺は生活の中に溶け込んでいて、清水寺や六角堂はよく行きました。お寺は自然豊かで、心に蓄積されたものが、ふっと浄化されます。人々の幸せにとって、心の安定がいかに大切か見直されている時代だからこそ、お寺が求められていると思います。

 観音さまには、人を包み込むやさしさや深さ、たおやかさを感じます。心を静めてくれ、まさに女性にとって理想の姿です。京都をはじめ、三十三所の多くがある関西には、首都圏にはない歴史や文化の重みがあります。1300年も継承されてきたのは、ものすごく大変なこと。お坊さんだけでなく参拝する人たち、みんなで守ってきたはずで、お寺の持つ底力、揺るぎない強さを感じます。

 三十三所すべてを巡るのは、時間的な余裕がないと大変かもしれません。でも、期限はありませんし、1番から順番に巡らなくても問題ありません。ゆっくりと何年もかけて自分のペースで巡ってほしいと思います。
 <訪ねる> 開創1300年記念事業として、毎月1回、番号順に1寺ずつ、特別な御朱印を授ける「月参り巡礼」をしている。11月5日は20番善峯寺(よしみねでら)、12月10日は21番穴太寺(あなおじ)。「スイーツ巡礼」と銘打ち、寺や門前で売られている和洋菓子の食べ歩きも勧める。
    ーー「文化の扉 西国三十三所、慈悲の旅 来年開創1300年/「免罪符」求め、観音さまへ」、『朝日新聞』2017年10月29日(日)付。

        • -

(文化の扉)西国三十三所、慈悲の旅 来年開創1300年/「免罪符」求め、観音さまへ:朝日新聞デジタル