覚え書:「名画の中の料理 [著]メアリー・アン・カウズ [評者]野矢茂樹(立正大教授)」、『朝日新聞』2018年04月21日(日)付。


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名画の中の料理 [著]メアリー・アン・カウズ
[評者]野矢茂樹(立正大教授)
[掲載]2018年04月21日

■読む「フルコース」をどうぞ

 本を読むのは料理を食べることとおんなじなのだ。たんに栄養をとるために料理を食べる人もいる。しかし、やはり料理は味わうべきものだ。ゆっくりと、ゆったりと、その一皿を味わう。ああ、そんな本の読み方を忘れていた。
 前菜から始まり、フルコースを堪能するように各章が差し出される。ほとんどは料理にちなんで著者が選んできた絵、小説やエッセイの一節、詩、そしてレシピであり、それらが並べられている。だから、読んでいてもまったく先を急ぐことがない。
 例えばあるページはヘンリー・ジェイムズのエッセイと「フランシス・ピカビア風オムレツ」のレシピ。まず卵8個を塩を加えてよくかきまぜます。
  その卵を鍋に注ぎましょう。
  そう、フライパンではなく鍋です。
  鍋をとろ火にかけ、フォークでひっくり返すようにまぜながら、バター230グラムを少しずつ加えます。
 ほら、なんだかバターの香りが漂ってくる。その左ページにはアントワーヌ・ヴォロンという画家がバターの塊をどどーんと描いた絵。私はそれを見て「なんだこれ」と思わず笑ってしまった。そしてもう一度、ヘンリー・ジェイムズがフランスのブレスを訪れたときの文章に目をやる。
  「ブレスにはまずいバターなんてありゃしませんよ」。女主人がバターを目の前に置きながら、からかうように言った。
 「だからなに?」と言いたくなる人、読まなくてよろしい。でもね、このページを開いているだけでしばし時間が経つのですよ。レシピがまるで詩のようで、ときになまめかしく官能的でさえある。それじゃ、最後にサンドラ・M・ギルバートの詩から。
  真実を求めて どれだけ掘り返そうとしても ニンジンは知らん顔だ
 思わず、ニヤリとする。
    ◇
 Mary Ann Caws ニューヨーク市立大大学院センター特別教授。専門は英文学、仏文学、比較文学
    −−「名画の中の料理 [著]メアリー・アン・カウズ [評者]野矢茂樹(立正大教授)」、『朝日新聞』2018年04月21日(日)付。

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