覚え書:「耕論 トランピズムの潮流 ジュリアス・クラインさん、ウォルター・ラッセル・ミードさん」、『朝日新聞』2017年11月07日(火)付。


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耕論 トランピズムの潮流 ジュリアス・クラインさん、ウォルター・ラッセル・ミードさん
2017年11月7日

写真・図版
コラージュ・福宮千秋

 訪日中のトランプ米大統領。白人労働者層を引きつけた「アメリカ第一」を掲げた「トランピズム」(トランプ主義)は今、米国の知識層にも影響を与えつつある。トランピズムとは何か。今後、米国と世界をどこに導くのか。政権とも関わりの深い注目の論客2人に聞いた。

特集:トランプ大統領
 ■市民の結束・国家の価値問う ジュリアス・クラインさん(米政治誌「アメリカン・アフェアーズ」編集長)

 トランプ氏には期待していました。政策は具体性を欠き、物言いも粗削りでしたが、共和・民主の二大政党の主流派が直視してこなかった冷戦後の米国政治の失敗に、臆さず批判の矛先を向けたからです。

 放漫な通商と移民政策――すなわち野放図な資本と雇用の自由移動――や、介入主義的な外交政策といった失策の果てに、いま米国を苦しめているのが低成長、生産性の低迷、格差、社会分断です。そこを突いたトランプ氏にひかれ、後に政権入りした仲間たちとブログなどで支援する発信をしてきました。

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 確かに株価は高騰し、失業率も低い。表面的には米国は好調に見えます。しかし伝統製造業の雇用は人件費の安いサービス業に置き換わり、賃金は伸びていない。企業は技術革新や新たな雇用を生むような価値のある投資より、コスト削減や株価対策に血道を上げています。

 経済が成長しても潤うのは資本を持っている人やほんの一部のエリート層だけ。置き去りにされているのは労働者層に限りません。弁護士、銀行員、学者、ジャーナリストといった職業でも、親の時代に比べてかなり落ち目になっています。

 外交についても、アフガニスタンイラクで単独で国造りまで担う力はもはやありません。

 かたや中国はなぜ著しく成長しているのでしょうか。グローバル化の勝者なのか。臆面もなく国益を追求してきた果実か。私は後者だと思います。

 いかなる国も、自国の産業を効率的にはぐくむ権利があります。中国も日本も仏独も国民国家として自然体で国益を追求してきたのではなかったか。

 米国ではレーガン政権時代以来、市場至上主義や実力主義が浸透しました。「稼ぐことが善」「貧困は自己責任」と考える風潮が蔓延(まんえん)し、他の市民を思いやるといった共同体の価値を重んじる風土も失われた。

 強く健全な国民国家があればこそ、経済や市場に対して政治的な制御を及ぼすことができるはずなのに、一方の左派も何かにつけて「国際主義」を志向する立場に足をとられて、有効な解決策を示せずにきました。

 結局、米国人をひとつにまとめる絆は失われ、それぞれが小さなアイデンティティーの中に閉じこもって互いに対抗しあうようになりました。

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 米国をひとつにまとめるものは何なのか? 「国家」の持つ価値とは何か? 米国人としての市民的価値とは? いま、すべきは「米国人であるとはどういうことなのか」という問いへの回答を見つけることです。

 その意味で、オバマ前大統領はナショナリズムによって輝いた政治家だったのではとも思います。「黒いアメリカも白いアメリカもない。あるのはアメリカ合衆国だけだ」の演説。まさしくナショナリズムです。いま必要なのはこのアプローチです。ただオバマ氏には「民主党共和党」という党派的分断しか見えず、「エリート対庶民」の分断は気づかなかった。

 望みをかけたトランプ氏とは8月に決別しました。直接のきっかけはバージニア州で白人至上主義者と反対派が衝突して死者が出た事件で、白人至上主義に対する非難をためらい、さらに騒ぎを大きくした対応です。

 停滞した二大政党の政治にくさびを打ち込むには、左派の一部も巻き込んだ幅広い国民の結集が必要です。なのに彼がなすことは、派手な言動で社会を分断することばかり。混乱続きで政策もほとんど実現しない。愛想が尽きました。しかしトランプ大統領を生んだ潮流について、知的に議論をする場はますます必要だと考えています。(聞き手 アメリカ総局長・沢村亙、池田伸壹)

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 Julius Krein 86年、米サウスダコタ州生まれ。金融機関で働きながら、大統領選挙でトランプ氏を支援する言論活動を開始。「知的応援団長」と注目を集めた。

 ■米国第一外交、実際は柔軟に ウォルター・ラッセル・ミードさん(米バード大学教授)

 戦後一貫して安定した国際秩序を重視してきた米国は、昨年、こうした理念や政策、制度を重視しない大統領を選びました。

 米国外交の伝統を四つに分類して考えるのが私の方法です。戦後の米国外交は、人権や民主主義、法の支配といった理想主義的な理念を掲げ、対外的に積極的に関わろうとするウィルソン流と、経済的な観点から世界秩序に関与することが米国の利益になると考えるハミルトン流という二つの大きな外交思想によって規定されていました。

 対外的な関与に積極的な伝統が支配的な中でも、国連などの国際機構を重視する姿勢と、ネオコンと呼ばれる米国の単独行動主義で世界に民主主義を広めようとする姿勢の間で議論が起き、政策が振れました。世界秩序への関与を重視することにおいては共通でしたが、今回の大統領選挙で否定されたのです。おそらく最大の敗者はネオコンではないでしょうか。

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 トランプ氏はジャクソン流の政治思想を体現した戦後初めての大統領です。それは、国内を重視するナショナリストで、米国を守るためには軍事行動に踏み切ることをためらわない伝統です。ちなみに、同じように国内重視の伝統でも、軍事的なことを含めて、対外的な関与に自制的に振る舞おうとするのがジェファーソン流です。

 バノン前首席戦略官は、この4分類について書いた私の本をよく読んでいて、彼から会いたいとメールしてきました。執務室を訪ねて話をし、彼がホワイトハウスを追われた後は電話で話しました。頭が良く、強烈な個性の持ち主です。例えば、ネオコン共和党内でも有権者レベルでは支持を得ていないことを見抜き、人びとのエリートに対する不満をよく理解して選挙戦略を練ったようです。政権からは去りましたが、彼はこれからも「米国の国民や企業が中国の犠牲にならないようにすべきだ」などと主張し、米国外交を変えようと動き続けるでしょう。

 ジャクソン流の米国人は、北朝鮮核武装をしようとする動きを前にどう考えるでしょうか。技術的には米国の友人である日本はその気になれば核武装をすることは可能でしょう。ジャクソン流の米国人は、日本だけでなく、韓国、台湾などがそれぞれ独自の核兵器を持つことを容認するかもしれません。なぜなら、それによって米国の経済的負担を減らすことができると考えるからです。アジア太平洋地域での軍事的な関与を減らし、他国の予算で、中国を牽制(けんせい)することもできるという発想です。

 しかし、それが現実の米国の態度になるかは別です。ジャクソン流の最大の欠点は、エリートや政策決定を行うグループに人材が決定的に不足していることです。それが当初のトランプ氏とバノン氏の欲求不満だったはずです。

 現在、大統領を除き、ホワイトハウスや実際の政策決定に携わる各省庁の幹部たちは、トルーマンからオバマまでのどの政権でも働くことができる人びとです。米軍の存在を含め、アジア太平洋地域での現状維持こそが、極端な不安定化を防ぎ、米国の国益にかなうという考えでしょう。そして、大統領は忙しいのです。眠り、食べ、ゴルフもしなければならないので、実際に外交政策に割ける時間はほんのわずかです。

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 「米国第一」「再び米国を偉大に」という選挙戦での主張は広く受けいれられました。経済的、軍事的にも中国が台頭する中、世界の覇権がどうなるかは予言できませんが、米国衰退論は真新しいものではありません。ソ連、日本などと相手は変わりますが、戦後の米国はこうした危機に対して常に変化を遂げ、対応してきました。そのためにも、バイオリニストが全ての弦を使って音楽を奏でるように、米国外交の四つの伝統を使いこなすバランスが求められるでしょう。(聞き手・池田伸壹)

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 Walter Russell Mead 52年生まれ。米ハドソン研究所特別研究員を兼任。邦訳書に「神と黄金」。国際交流基金日米センターの招きで、9月にクライン氏と共に来日した。
    −−「耕論 トランピズムの潮流 ジュリアス・クラインさん、ウォルター・ラッセル・ミードさん」、『朝日新聞』2017年11月07日(火)付。

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(耕論)トランピズムの潮流 ジュリアス・クラインさん、ウォルター・ラッセル・ミードさん:朝日新聞デジタル