覚え書:「失われた手稿譜―ヴィヴァルディをめぐる物語 [著]フェデリーコ・マリア・サルデッリ [評者]出口治明(立命館アジア太平洋大学学長)」、『朝日新聞』2018年04月28日(土)付。

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失われた手稿譜―ヴィヴァルディをめぐる物語 [著]フェデリーコ・マリア・サルデッリ
[評者]出口治明(立命館アジア太平洋大学学長)
[掲載]2018年04月28日

■持ち主転々の数奇、史実に立脚

 モーツァルトとヴィヴァルディは、明朗な澄んだ旋律の響きがどこかよく似ている。そして、2人とも奇(く)しくも貧窮のうちにウィーンで没したことも。本書は、ヴィヴァルディの自筆楽譜が20世紀に発掘されるまでにたどった数奇な運命を、ヴィヴァルディの研究家で演奏家の鬼才、サルデッリがユーモアあふれるタッチで描いた傑作である。
 物語は、ヴィヴァルディの死の前年、ヴェネツィアのヴィヴァルディ司祭の館で幕を開ける。膨大な借財を残してウィーンへ起死回生の旅に出たヴィヴァルディ。留守を預かる2人の妹のもとへ債権者が押し寄せる。兄を慕う理髪師の弟は、競売にかけられないようヴィヴァルディ自筆の手稿譜をひそかに運び出す。その後、手稿譜は、ヴェネツィアの貴族や貪欲(どんよく)なイエズス会士の手を経て神聖ローマ帝国大使の蔵書となる。
 それからおよそ150年の歳月が経ち、サレジオ修道院からトリノ国立図書館へ古文書の鑑定依頼が舞い込む。館長トッリとトリノ大学教授ジェンティーリが組んで手稿譜が発掘される。貴重なコレクションを散逸させないためには、まとまった買い取り資金が必要だ。どうやって工面するか。愛児を亡くしたユダヤ人が救いの手を差し伸べる。しかし苦労して入手した手稿譜は半分が欠けていた。相続で分割されたのだ。残りはどこにあるのか。このミステリー顔負けの物語に、ムッソリーニファシズムを賛美するアメリカの詩人エズラ・パウンドが絡む。面白くないはずがない。戦争へと向かう中「『イタリア人種』に属していない」という理由でジェンティーリは大学を解雇される。
 驚くべきは、この数奇な物語のほとんどが史実に立脚していることだ。まさに「事実は小説より奇なり」だ。わが国の歴史小説は、史実からかけ離れて想像力を飛翔(ひしょう)させるものが多いが、頂門の一針とすべきではないか。
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 Federico Maria Sardelli 63年、イタリア生まれ。指揮者、作曲家、音楽学研究者、漫画家など多彩に活躍。
    −−「失われた手稿譜―ヴィヴァルディをめぐる物語 [著]フェデリーコ・マリア・サルデッリ [評者]出口治明(立命館アジア太平洋大学学長)」、『朝日新聞』2018年04月28日(土)付。

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失われた手稿譜 (ヴィヴァルディをめぐる物語)
フェデリーコ・マリア・サルデッリ
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