日記：教育から考える民主主義
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奥田愛基 僕の高校の後輩なんですけど、民主主義は他者と生きる共生の能力だとジョン・デューイが言ってる、って話をよくしてる。学校教育と民主主義はすごく関わってますよっていう話で。社会では自分と全然違う人たちと生きていかないといけない。その中でひとつのことを決めたり、自分と全然違う人たちと関わっていかないといけない。そういうときに言葉だったりとか、技術的なことだったりとか、能力を高めていく。つまり、他者と生きていく能力を高めていく。それが教育だ、と。俺はこれにはなるほどと思っていて。「日本は民主主義国家だ。すばらしい！」って話じゃなくて、どうやって意見の違う人と生きていくかっていう能力を自分たち自身も高めていかないといけないなって。今の国会を見ているとそういう能力が高いとはとても思えない（笑）。他者と生きていくっていう感覚もうすらぼんやりしてる気がする。格差も広がっていく中で、余計その能力を高めていかないと。「選挙に行けばいいじゃん」とか「選挙に勝てばいいじゃん」って言われるけど、勝つことや自分たちがやりたいことを通すのも大事だけど、他者と生きていく能力を一人一人高めていくことが大事だと思う。
人間と動物は全然違わないって人もいれば、違うって人もいるけど、弱肉強食の世界が自然界だと思ってるひとが多くて。ある人が、「戦争は弱者が食われる世界です。だから日本は強くないといけない。自然界を見てみろ」って言ってた。でも自然界を見ても、虎とか絶滅していってるんですよ（笑）。人間だって象に敵わないわけですし、動物の中でも弱いところにいる。
牛田悦正 アリストテレスは人間のことを「話す種」って言ってて、言葉を持ってるってことが特徴だよね。
奥田 じゃあなんで言葉を喋っているのか。猿とかネコがしゃべっててもいいわけじゃん。
高橋源一郎 人間は弱いからだよね（笑）。
奥田 そうですよね。弱いからしゃべらざるをえない。オランウータンはメス一匹だけで自分の子どもを出産できるらしい。でも人間は骨盤が細くなって二足歩行になってしまったから、種を残すためには必ず取り上げてもらう他者が必要。そして面倒を見なければならない時間も長い。そうしないと生きていけない、ってことはとても弱い存在ですよね。
人類の進化っていうと、二足歩行になって道具を使えたから言われるけど、弱かったから助け合わざるをえなかった、社会をつくらざるをえなかったって説もある。だからコミュニケーションの道具として、言葉が発展していったんじゃないかって。それで考えると、他者と生きる能力が民主主義で大事だってことは、逆に人間にとって、民主主義ってすごい大事なんだなって思う。
高橋 本当にそう思う。今デューイの話が出てきたね。彼はプラグマティズムを作った哲学者で、鶴見さんの先生に当たる人なんだ。民主主義には教育という問題が出てくるんだよね。僕たちは民主主義っていうと政治と結びつけるんだけど、プラグマティズムは教育と結びつけた。
この見方はおもしろくて、教育から考える民主主義はまた違ったものに見えてくる。それはまさに他者との共生の問題だよね。人間は教育を必要としている。それも言ってみれば、生まれてから死ぬまですべての場面で、いちばん最初は何もできないか弱い存在だったのが、生きていく術を母親から学んでいくところから始める−−これが人間が教育を受ける根本なんだよ。
でも人間の母親は「こうやってミルクを飲むんですよ」とは方法を説明しない。いきなりミルクを飲ませるわけ。具体的に生きることそのものが教育なんだよね。人間と人間との関係から教育は始まっている。最初は母親、そして父親が入り、別の家庭が入り、社会が入り、どんどん広がっていって、社会から教育を受けていく。その中で僕たちも変化して違ったものになっていく。この教育のシステム全体が、ひとつの民主主義のシステムなんだと考えてみる。
そうすると、民主主義っていうのは選挙も含めて何かを決めるシステムで、つい道具みたいに思われがちだけど、鶴見さんが言っているのは、実は民主主義は教育のシステムそのもので、道具ではなくてその中で成長していくものだってことなんだ。これは僕にとって、目から鱗だった。もし、その中で成長していくことができないとすると、そのシステムには欠陥がある。これがプラグマティズムの人たちが考えたことです。じゃあ、今の民主主義が教育になっているかというと、なかなかね……。
牛田 反面教師にはなっている。
−−高橋源一郎×ＳＥＡＬＤｓ『民主主義ってなんだ？』河出書房新社、２０１５年、166−168頁。
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