覚え書:「耕論 ネットとリアルの融合 古坂大魔王さん、佐山展生さん、森健さん」、『朝日新聞』2017年11月21日(火)付。


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耕論 ネットとリアルの融合 古坂大魔王さん、佐山展生さん、森健さん
2017年11月21日

写真・図版
グラフィック・米沢章憲

 ネット通販大手のアマゾンが米高級スーパー「ホールフーズ」を買収して世界的な注目を集めた。ネットがスマートフォンの画面を飛び出し、リアルな社会に広がり始めているのか。

 ■動画拡散、現実の活動一変 古坂大魔王さん(お笑い芸人)

 私にとってネットの広がりは99%以上メリットです。

 プロデュースしているピコ太郎の「PPAP ペンパイナッポーアッポーペン」を、ネット動画サービス「ユーチューブ」に発表したのが去年の8月。これだけのヒットになったのは、ユーチューブやツイッターなどのソーシャルメディアがあったからです。

 「PPAP」の発表の場所にユーチューブを選んだのは、ネットしかなかったから。売れていないからテレビはまず無理だし、ライブにもお客さんが来ない。「PPAP」を知ってもらい、一人話芸の日本一を競う「R―1ぐらんぷり」に出られれば、と願っていた程度でした。

 パソコンは昔から好きで、小学生の頃から簡単なプログラムをつくったりしていました。ただ、今やネットのアクセスはスマートフォンです。

 だからスマートフォンで見てもらい、バズる(話題になる)ためにどうすればいいか、徹底的に研究しました。

 画面もスピーカーも小さいし、長いものも最後まで見てもらえない。極力シンプルな動画にしました。映像はアップで、背景は真っ白。演奏にも古いリズムボックスを使い、字幕もつけて、曲も45秒という短さにしました。

 当初は友人たちにツイッターで広めてもらったりしていましたが、次第に女子高校生たちが「PPAP」を踊る動画をネットに投稿してくれるようになった。それが海外で取り上げられ、さらにツイッターで9千万人近いフォロワー(読者)がいた米国の人気歌手のジャスティン・ビーバーさんに紹介されてからは、もう自分の手が届かない広がり方になりました。

 神奈川県厚木のスタジオで、10万円の費用で作った動画がここまで拡散するとは思いませんでした。ネットって、世界につながるって言いますけど、本当につながっていたんだ、って実感しましたよ。ウガンダのヒットチャートで1位になったりするんですから。

 ネット発の動画で、リアルの活動も一変しました。発表から1年で、元のユーチューブ動画の再生回数は1億2千万回を超えてます。ピコ太郎は来日したトランプ大統領ともお会いしました。

 困ったこと、ですか? 世界各地でピコ太郎の偽者が出回ったことぐらいですかね。

 これは持論なのですが、私はネットとリアルを別物だと考えるべきではないと思います。ネットは匿名だと思っていても、個人を特定するのはそれほど難しくありません。ネットは人とのコミュニケーションの手段の一つにすぎないし、向こう側に人がいることには変わりない。日常生活同様、目の前に相手がいると思ってネットにも接することが大事ではないでしょうか。

 (聞き手・平和博)

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 こさかだいまおう 73年生まれ。クリエーターとしても活動。8月にピコ太郎の新曲「ラブ&ピース音頭」を発表。

 ■「現場の空気感」こそ真実 佐山展生さん(インテグラル代表)

 ネットとリアルが融合し、相互補完的に動く流れは止められない。ビジネス界の誰もが感じていることでしょう。

 インテグラルが、2015年に資本参加した航空会社スカイマークもそうですが、飛行機を運航するリアルな本業を支えるのは、予約から会社の管理に至るまでネット上のシステムです。ネットがなければ一日も立ち行きません。

 ただ、私自身は、最後にものをいうのはリアルな現場の力だと確信しています。経営危機の会社から投資要請を受けることも多いのですが、最後に判断のよりどころにするのは、実は、リアルな「現場の空気感」です。

 投資に際し、その業種の成長余力を含めた関連情報はネットで大変入手しやすくなった。決算や資産などの内部情報の査定も厳密に行います。

 それでも「この企業に投資したい」と思うかどうかは会社の玄関に入るまで分からない。「いらっしゃいませ」と迎え入れられる時に感じる雰囲気が、何となく明るく柔らかい会社は、再生する可能性が高い。誠実に仕事に取り組む社員が多いほど、明るい空気が生み出され、復活の原動力になるのです。投資家の力量は、その空気感を正しく把握すること。真実はネットではなく、リアルの中にしかないのです。

 アマゾンが実店舗をもつスーパーを買収し、「いよいよリアルの世界に乗り出してくるのか」と話題になりましたが、投資ファンドの代表としての見方は違います。一つの分野で、ライバルが見当たらないほど揺るぎない地位を占めた企業は、必ず次の市場を探します。「次」の選び方には二通りあります。既存事業の周辺を選ぶか、全く畑違いの世界に飛び込むか、です。多くの企業は前者を選び、後者を選ぶケースは珍しい。

 電子商取引が本業のアマゾンからすれば、実店舗は物流の先にある周辺分野で、その選択に驚きはありません。ただ、ネットでの商取引を推し進めた先に、アマゾンは実店舗に来るお客さんに触れたくなったのではないでしょうか。リアルな中にしかない「現場の空気感」を求めているのかもしれません。

 同じように新規事業への投資が活発なIT企業の巨人グーグルは、「次」の選び方でいえば後者です。ロボット、自動運転など多くの事業に投資していますが、全体として一般人には脈絡が感じられません。アマゾンはどこへ向かおうとしているのか、何となく感じられても、グーグルが真に向かう先は分からない。

 彼ら自身が分かっているのかも分からない。ネットをインフラにしたリアルの世界の行き着く先が分からないからこそ、あり余る資金で投資し、未来の世界の手がかりを得ようとしているのかもしれません。

 (聞き手・畑川剛毅)

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 さやまのぶお 53年生まれ。帝人三井銀行などを経て2008年から現職。一橋大学大学院教授、スカイマーク会長も兼ねる。

 ■一強多弱、脅かされる文化 森健さん(ジャーナリスト)

 ネットとリアルの世界が融合することで、便利になっているのは確かです。ただ、それによって私たちは幸せになったのか? 簡単には言えないと思っています。

 10年ほど前に「グーグル・アマゾン化する社会」という本で、急速に広がるIT企業のサービスについて、単純に便利なだけではない危うさがある、と指摘しました。

 ネット検索ですぐに結果が出たり、ネット経由で本が届いたりする。一方で、プライバシーを含むユーザーの膨大なデータが、大手ネット企業に一極集中する。ネットを利用するうち、逆にネット企業から利用されているわけです。

 蓄積されたデータは関連性を分析され、それを元に個人の興味や関心に合わせた「パーソナル化」で、お薦めの商品が表示される。次第に「お薦め」に左右され、自分から多様な情報を探しにいかなくなるという弊害が生じます。

 この10年でフェイスブックなどのソーシャルメディアが広がり、こうした懸念はすっかり現実になりました。ネットの力がより大きくなり、社会インフラのような、公共的な性格を持ち始めています。

 そしてネット企業はリアルの世界にも手を広げている。

 ネット通販のアマゾンは、実際の書店を展開したり、高級スーパーを買収したりしている。グーグルも含め、人の声で家電なども操作できるスマートスピーカーといった人工知能(AI)開発でも、大きな存在感を持っています。

 しかしアマゾンの場合、リアルの店舗は人手がかかり、ネットに比べてコストもかさみます。どんなメリットがあるのか。理由の一つは、データの収集かもしれません。ある店舗にどんな人が来て、ある商品を見た人はその後、どう動き、どんな商品を手にとるか。ネットでは収集できない行動データを得るのです。

 ネットの情報にリアルのデータを組み合わせ、AIが分析する。その先にIT企業がどんな世界を描いているか。僕らには想像もつかない。

 こういった一極集中の先にある一番の問題は、勝者が限られるという点です。すでにアマゾンの普及などもあり、2000年に比べて全国の書店数は4割強も減っている。

 消費者としては便利になっても、社会全体では様々な分野の雇用が減る悩みもあります。書店や昔ながらの商店など、地域の文化やコミュニティーを支えていたリアルな主体が減っていく。同時に地域内の所得格差も拡大する。

 店に足を運ぶことで新しい情報に出会う。そんな機会が失われることで、文化が変質してしまう懸念もあります。

 一強多弱と効率優先の動きがこのまま進んでいく前に、地域社会のリアルな主体を守る、何らかの工夫が必要なところに、来ているんだと思います。

 (聞き手・平和博)

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 もりけん 68年生まれ。5月、「小倉昌男 祈りと経営」で第1回大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞受賞。
    −−「耕論 ネットとリアルの融合 古坂大魔王さん、佐山展生さん、森健さん」、『朝日新聞』2017年11月21日(火)付。

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(耕論)ネットとリアルの融合 古坂大魔王さん、佐山展生さん、森健さん:朝日新聞デジタル