覚え書:「そこが聞きたい パリ同時テロ2年の欧州 広がる「つながりの喪失」 イラン出身の仏社会学者 ファラッド・コスロカヴァール氏」『毎日新聞』2017年11月20日(月)付。


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そこが聞きたい
パリ同時テロ2年の欧州 広がる「つながりの喪失」 イラン出身の仏社会学者 ファラッド・コスロカヴァール氏

毎日新聞2017年11月20日 東京朝刊

 世界を震撼(しんかん)させた2015年11月13日のパリ同時多発テロ=1=から2年。130人が犠牲になった惨劇の後も欧州では移民2世らによるテロが相次ぐ。「聖戦」の名のもとに若者たちを過激な行動に走らせるものは何か。「過激化」研究の第一人者であるイラン出身の仏社会学者、ファラッド・コスロカヴァール氏(69)に背景を聞いた。【聞き手・福島良典】

−−欧州におけるテロ続発は移民政策が破綻した結果ですか。

 部分的にはそうです。米国やカナダに渡った移民は中間階級でしたが、1950〜70年代に欧州に来たイスラム移民は労働者で、社会の底辺に追いやられました。概して貧しく、学校教育から落ちこぼれ、受け入れ国の言語を話せず、移民地区に閉じこもります。社会に溶け込むには不利な状況です。

 パリ同時多発テロは過激派組織「イスラム国」(IS)が指揮したテロでした。モロッコ系のベルギー人とフランス人が関わり、実行者の大半がシリアに滞在し、武器・弾薬の扱いなどの訓練を受けていました。ISとの直接的な接触を持たずに小規模な事件を起こした「ホームグロウン(自国育ちの)テロリスト」とは違います。

 実行者の大半はブリュッセル郊外の移民地区出身でした。「アラブ人でも欧州人でもない」という「負のアイデンティティー」を抱える彼らに「肯定的なアイデンティティー」を与えたのがイスラム過激主義です。「他者から拒絶されている」という劣等感から「他者を裁くのは自分だ」という優越感への転換が起き、「非イスラム社会への戦争」を仕掛けるようになります。

 また、2013〜16年に欧米から(外国人戦闘員になるため)シリアに渡った約5000人の1割にあたる約500人が女性でした。彼女たちは英雄主義や「新世界」に魅せられています。欧州では大人未満の青年期が長くなり、高齢出産が多い。ISは「あちらに行けば、家族を持たせ、早く母親、大人にしてやる」とそそのかします。

−−なぜ一部の若者が「過激化」し、暴力に走るのですか。フランスの国是であるライシテ(政教分離の原則)=2=との関連性は。

 欧米では刑務所が過激化の場所になっています。イスラム教徒は仏人口の約8%ですが、刑務所では40〜60%にも上ります。入所者は狭い房に押し込められ、不当に扱われていると感じています。インターネットを通じても過激化しますが、(テロへの)勧誘者の役割が極めて重要です。ネットの役割を過大評価すべきではありません。

 テロ実行者は「欧米の暴力の被害者だ」と考えています。「イラクアフガニスタンの占領でお前たちが暴力を始めたのだ」と。さらにイスラム過激主義者は欧州社会の世俗性(非宗教的な傾向)について、イスラム教を壊す「暴力」「陰謀」ととらえています。

 フランスでは公立学校でのイスラムのスカーフの着用や、公の場で顔を覆う衣装を身に着けることが禁止されています。「私的空間の自宅で着用すべきだ」と言うわけですが、彼女たちにとっては出かけるときにこそ着用するものです。夫と子どもだけがいる家の中での着用は意味がありません。

 公的空間に宗教を持ち込みたいイスラム原理主義者は「国と社会がイスラム教を受け入れていない」と考え、過激化します。イスラム教徒だけでなく、現代社会の個人主義を問い直す動きもありますが、フランスはライシテを変えないでしょう。フランスではイスラム原理主義政教分離原理主義が正面衝突している状況と言えます。

−−社会と宗教のあり方はどうあるべきでしょうか。

 欧州の世俗化はユートピア(理想郷)志向に基づいています。かつては(宗教から距離を置く)社会主義ユートピア共産主義ユートピアがありました。フランスでは(政教分離を推進してきた)共和主義のユートピアがありました。けれども、すべてのユートピアは死にました。いまや誰も「共産主義社会主義が世界を救う」とは信じていません。フランスでも共和主義が社会の問題に「奇跡的な解答」を提供しているとは思われていません。

 ユートピアがなくなり、公私・政教の分離が問い直されるようになっています。一部の人々が過激なイスラムに引き寄せられるのは「失われたユートピア」を追い求めている面もあります。欧州では共生のためのつながりが断たれています。過激イスラムは抑圧的ですが、強い絆を作り出しています。

 日本ではイスラム過激派のテロは起きていません。在住イスラム教徒が極めて少ないことに加え、日本が第二次世界大戦後、自衛に徹し、イスラム教国への攻撃的な外交政策を行ってこなかったためでしょう。しかし、「絆の喪失」という問題は日本のような国にも突き付けられていると思います。

−−テロは続くと思いますか。

 ISは拠点のイラク北部モスルとシリア北部ラッカを失い、危機にあります。イスラム過激主義は弱体化するでしょう。しかし、アフガニスタンイラク、シリア、イエメン、リビアなどが抱える構造的な問題は残るので、テロは今後10〜20年は続くでしょう。これまでより小規模なものや、トラックや刃物、短銃などを使ったテロはあり得ます。ISが登場する前のような状況になるのではないでしょうか。

−−「開かれた欧州」は生き延びることができると思いますか。

 同時多発テロを受けてフランスで宣言された非常事態のような閉鎖的な形態は一時的にはあるでしょうが、欧州社会の開かれた構造が根本的に見直されることはないでしょう。ISやイスラム過激派よりも、危険なのはむしろ、ブレーキを欠いた新自由主義の考えに結びついたトランプ米大統領流のポピュリズム大衆迎合主義)です。

 米国では、豊かな人はより豊かに、貧しい人はより貧しくなっています。中間層が貧しくなることで富裕層に富が集中し、格差の拡大で社会が分断され、バランスが崩れています。不平等が大きすぎると、社会的な公正が失われ、民主社会はうまく機能しません。長期的に見ると、欧米の民主主義にとってはそれがより重要な問題です。

聞いて一言
 パリ特派員時代、仏公立学校でのイスラムのスカーフ着用禁止の動きを取材した。当時のシラク大統領は、宗教的集団を重視する「共同体主義」の脅威から、「公立校を守る」と息巻いた。政治家と国民の大半は禁止賛成だったが、「イスラム教徒を原理主義に追い詰めかねない」との一部識者の懸念は現実のものとなった。若者を暴力に走らせる要因としてコスロカヴァール氏は「つながりの喪失」を指摘する。日本にとっても対岸の火事ではない。

 ■ことば

1 パリ同時多発テロ
 2015年11月13日夜、パリ中心部のコンサートホールやカフェ、郊外の競技場などが武装グループに襲撃され、130人が死亡、350人以上が負傷したテロ。過激派組織「イスラム国」(IS)が犯行声明を出した。実行犯の大半はISに共鳴し、シリア渡航歴のある仏やベルギー国籍などの若者だった。仏政府は非常事態宣言を発令した。

2 ライシテ(政教分離の原則)
 政教分離、非宗教性、世俗性などと訳される。フランスはカトリック教会と結びついた王制を革命で倒した歴史を持ち、憲法が「非宗教的」な国家と規定。公の場には宗教を持ち出さない決まりがある。公立学校では「これ見よがしな」宗教的標章の着用が禁じられ、顔や全身を覆うイスラム女性の衣装の公共空間での着用も禁止されている。

 ■人物略歴

Farhad Khosrokhavar
 1948年テヘラン生まれ。70年代に仏留学し、博士号を取得。イランの大学で教壇に立った後、仏に拠点を移し、現在、仏社会科学高等研究所(EHESS)教授。イスラム過激派の社会学的分析の第一人者。著書に「世界はなぜ過激化するのか?」(藤原書店)など。
    −−「そこが聞きたい パリ同時テロ2年の欧州 広がる「つながりの喪失」 イラン出身の仏社会学者 ファラッド・コスロカヴァール氏」『毎日新聞』2017年11月20日(月)付。

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そこが聞きたい:パリ同時テロ2年の欧州 広がる「つながりの喪失」 イラン出身の仏社会学者 ファラッド・コスロカヴァール氏 - 毎日新聞




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