覚え書:「インタビュー ノーベル平和賞の先に ICAN国際運営委員・川崎哲さん」、『朝日新聞』2017年12月08日(金)付。


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インタビュー ノーベル平和賞の先に ICAN国際運営委員・川崎哲さん
2017年12月8日
 
写真・図版
核廃絶が世界の法的義務という状況を作るため、ノーベル賞を生かす作戦を考えたい」=飯塚晋一撮影

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 ノーベル平和賞に選ばれた国際NGO「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN〈アイキャン〉)。核兵器禁止条約の国連採択への貢献が評価されたが、核兵器保有国や日本など「核の傘」に頼る国は条約批准に消極的だ。どうしたら核廃絶の実現への道が描けるのか。10日の授賞式を前に、ICAN国際運営委員の川崎哲さんに聞いた。

 ――ICANのノーベル平和賞受賞はどんな意義がありますか。

 「今回のノーベル賞は、草の根の運動体が受賞したことに、すごく意味があります。核兵器廃絶への動きが滞る現状に、ノーベル委員会は『市民運動平和運動、NGOの役割にもっと目を向けたほうがいい』というメッセージを送ったのでしょう。ICANの『核兵器を廃絶するしかない』『いかなる核兵器も認めない』という原点に立ち返った運動が注目されたのだと思います。核禁止条約の成立を機に、さらに運動を前に進めれば核軍縮も進展するはずです」

 ――ノーベル委員会発表の授賞理由では被爆者に触れていませんでしたね。

 「ヒバクシャという言葉がなくても、被爆者の皆さんに贈られたのと同じです。ICANに加わるピースボートの船に乗り込んで、様々な国で被爆体験を話す『おりづるプロジェクト』に象徴されるように、様々な場面で証言活動をしてきました。その姿や言葉が人々の脳裏に焼き付き、核禁止条約の前文にはヒバクシャという言葉が自然と盛り込まれたのだと思います。被爆者は核兵器の非人道性を表す象徴的な存在です。授賞式にも招待され、スピーチする予定です」

 「被爆者が、いかなる時でも『核兵器はいけない』と言っているのを聞いて、我々は襟を正します。ICANよりも広島・長崎の被爆者が世界中に行って話すことの意味が重いのです。被爆2世や伝承者も力を持っていますが、被爆者本人の迫力には勝りません。ICANが信念を持って取り組んでいるのは、被爆者がいなくなった後は、核禁止条約が、その後を継ぐ、ことです。核兵器は絶対に許されない、という被爆者の遺言が国際法という規範になっていくのだと思います」

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 ――「核なき世界」を訴えたオバマ米大統領(当時)は成果を期待されての受賞でした。

 「オバマ氏は核軍縮で、大きな政策は実行できませんでした。それでも『核のない世界を目指そう』と8年間言い続け、そのことを世界に印象づけました。在任中には広島を訪れました。米国内でも『原爆投下は正しくなかったかもしれない』という人がじわじわと増えてきたといいます」

 ――核禁止条約採択に向けて、ICANはどんな活動をしたのですか。

 「各国は、それぞれ様々な課題を抱え、核兵器廃絶に熱心でない国が圧倒的に多かった。そこで賛同国を増やすため、ロビー活動を重視しました。特に開発途上国の場合、外交官の人数も少ないですから、限られた時間で核禁止条約の会議に足を運び、フォローするまでの余裕がないことも多い。2ページぐらいの要旨を作って渡し、読んで理解を深めてもらった上で会議に臨んでもらう工夫をしました」

 ――核禁止条約に対し、「核兵器保有国が参加しておらず、実効性がない」との批判があります。

 「それならば、包括的核実験禁止条約(CTBT)を米国が批准せず発効が見通せない中、なぜ各国は重要性を表明するのでしょうか。米国など保有国が入っていなくても、意味があるからです。CTBTという多国間条約があるからこそ、それに参加していない北朝鮮の核実験を強く非難できるのです。核兵器保有国が核禁止条約に参加しなかったとしても、『核兵器は悪である』という規範が高まれば、核兵器を取り巻く圧力は増すのです」

 ――しかし、核禁止条約は、核兵器の廃棄を検証する仕組みが不十分だと言われています。

 「核兵器の廃棄をめぐる検証と保障は多層的です。第一に、核兵器を作っていないかを検証する必要があります。次に、核兵器を廃棄する過程の検証に加え、廃棄した国が再び核武装していないかを確認しなければなりません。米ロ英仏中の5カ国を核兵器国と定めてそれ以外に拡散させないことを規定した核不拡散条約(NPT)は、核兵器を作っていないことを保障する措置は定めていますが、既に持った国が廃棄することの検証は定めていません。その点を核禁止条約が新たに定めました。各国政府と専門家が協力し、さらに強い内容を作る必要があります」

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 ――米国の「核の傘」に依存する日本政府は、核禁止条約の交渉会議には参加しませんでした。

 「北朝鮮の核の脅威がある以上、日本は参加できないという主張があります。こちらも核が必要だという議論を認めてしまえば、核拡散を止めることはできず、核兵器だらけの世界となるでしょう。『核には核』と挑発的な連鎖を繰り返していては、事態がエスカレートし、現実の核兵器が使われる可能性を否定できません。核を巡って、日本は二重人格と言われます。広島と長崎に原爆が投下され、被爆者がいる。そして、核廃絶を求めている。その一方、核禁止条約に政府は消極的だからです」

 「被爆地と東京の関係にも表れています。核兵器を巡るトピックは、広島と長崎では盛り上がりますが、東京は冷めています。その姿勢が、政府の政策にも反映されているのではないでしょうか。近年の政府の態度を見ていると、嫌々ながら米国の言うことをのんでいるよりも、むしろ米国の核で守ってほしいとメッセージを送っているように見えます。その姿勢は今の安倍―トランプ政権で強まっています。小泉―ブッシュ政権時は、CTBTを巡って、日米で賛否が分かれました。日本は賛成、米国は反対の立場でした。核禁止条約を巡っても、違う旗を掲げることはできるはずです。真剣に主張すれば米国も理解するはずですが、交渉した形跡が見えません」

 ――日本政府は核兵器保有国と非保有国の「橋渡し」をするとしています。米国の「核の傘」に依存しており容易ではありません。

 「長期的に考えると日本の核軍縮外交は行き詰まると思います。日本が24年連続で国連に提案した核兵器廃絶決議案は、今年、表現が後退して評判を下げました。来年はどのようなものを出すのか、外務省は途方に暮れていると思います。このまま米国寄りの決議にシフトするのか、それとも、核廃絶の原点に戻るのか」

 「米国にとって、最大の課題は国力の衰えです。トランプ大統領はドライに、同盟国はもっと金を出せと迫ります。安全保障とビジネスを絡め、守ってやるから武器を買え、と。いずれにせよ米国は、核兵器を始めとする軍事力で世界の安全を担保するという従来型のビジョンを維持できなくなっています。米国の力が弱まる分、日本はアジアとの外交力を強めないといけません。日本の外交と安全保障は、アジア外交と国連中心外交の比重を高めてバランスを保つしかないと思います。政府にできないのなら、独自に朝鮮半島や中国と対話の道筋をつけられるような、アジア外交に強い野党が出てくることを期待したいです」

 ――核禁止条約は、批准国はわずかで、発効に必要な50カ国に届くまで時間がかかりそうです。見通しはどうでしょう。

 「核禁止条約に多くの国々が署名・批准することで核兵器は悪いものだという国際的な規範が強まります。2018年中に核禁止条約が発効できれば、19年には第1回の締約国会議が開かれ、具体的な検証プロセスを話し合うことになります。NPTと相互補完して、核軍縮の国際的な枠組みを形作るために、早期に発効させて締約国会議を開くべきなのです」

 「ICANがノーベル平和賞を受賞しても、核保有国の政策はすぐには変わりません。ただ、関心を持つ人を一気に増やせます。この先、数カ月から半年の間、『自分も何かをしたい』と思った人を一人でも多く巻き込む変化を作らないといけません。人々の関心は生もの。今のうちに動き、次につなげられる仕組みを作る。核兵器の完全廃絶が世界の法的な義務だと名実ともに広めるのです。10日の授賞式はそのキックオフです」(聞き手・松崎敏朗)

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 かわさきあきら 1968年生まれ。国際交流NGO「ピースボート」共同代表。2010年、ICAN副代表。その後、共同代表をへて、14年から国際運営委員。

 <ICAN> International Campaign to Abolish Nuclear Weaponsの略。様々な国のNGOが集まった連合体、ジュネーブに事務局を置く。2007年に発足、101カ国から468団体が参加している。核兵器国際法で禁止するため、キャンペーン活動や国際会議へのNGO参加の後押しを続けてきた。

 <核兵器禁止条約> 今年7月、国連で122カ国が賛成して採択された。50カ国が批准すれば発効する。締約国には核兵器の開発、実験、生産のほか、核兵器を使った威嚇も禁止。廃棄した結果を確認する検証措置も盛り込んだ。前文で「核兵器の使用による犠牲者(ヒバクシャ)や核実験による被害者にもたらされた受け入れがたい苦痛と被害」に言及した。
    −−「インタビュー ノーベル平和賞の先に ICAN国際運営委員・川崎哲さん」、『朝日新聞』2017年12月08日(金)付。

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(インタビュー)ノーベル平和賞の先に ICAN国際運営委員・川崎哲さん:朝日新聞デジタル