覚え書:「発言 海外から:『集団的自衛権』という軍服=デビッド・パーマー」、『毎日新聞』2014年07月23日(水)付。


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発言
海外から
集団的自衛権」という軍服
デビッド・パーマー
メルボルン大客員研究員(歴史・政治学

 安倍晋三首相が集団的自衛権の行使を容認する閣議決定をした。「集団的自衛権」という言葉に力点を置くのは、平和憲法を前提とする日本独特の現象であり、米国やオーストラリアにとって意味のない用語だ。ただ、世界でもトップクラスの軍隊である自衛隊が、今よりも自由に動けるようになる。集団的自衛権という「軍服」を着て、作戦の一環として海外で誰かを殺すことになるかもしれない。
 世界は何が起きるかわからない方向に動いている。イラク北部で(イスラム過激派組織「イスラム国」の台頭で)内戦状態になり、クルド人たちが自治拡大を主張するなどなど数カ月前までは誰も考えなかった。ベトナムでは中国資本の工場が燃やされ、警察はそれを黙って見ている。北朝鮮の行動も予測不可能だ。日本が中国を攻撃することは現実的にはないだろうし、何をするか分からない北朝鮮にでさえ先制攻撃はしないだろう。ただ、日本が将来的に集団的自衛権によって法的に自衛隊を送る可能性がある地域としてはパキスタンイラク、シリア、北朝鮮などが挙げられると思う。
 豪州は常に米国と行動を共にし、イラクアフガニスタンにも派兵したが、それは良い決定ではなかった。いずれの地も武力紛争が続き、国家として成り立っていない。結局、米国はパンドラの箱を開けただけだった。
 フレーザー元豪首相は近著「危険な同盟国」で「オーストラリアは自治を失い、独立国ではなくなってきている」と警告している。豪州と同様、日本も米国の属国となり、米国から独立した外交政策が取れなくなる恐れがある。米国は日本の軍事力を使ってアジアを支配しようとするようになる。将来的な憲法第9条の改正にもつながるだろう。
 西太平洋を見てほしい。豪州と日本という同盟国が100%米国をバックアップしている。豪州はすでに独立していない。日本の独立もこのままでは危ういだろう。集団的自衛権の行使容認に多くの日本人が反対しているのは、賢い選択だ。現在世界で最も不安定なアジア地域にあって、将来的な戦争を防止しようとしているからだ。日本国憲法のどこにも集団的自衛権という言葉はない。憲法第9条を守ろうとしている日本人はもっと世界から賞賛されるべきだ。
【構成・平野光芳】
    −−「発言 海外から:『集団的自衛権』という軍服=デビッド・パーマー」、『毎日新聞』2014年07月23日(水)付。

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覚え書:「今週の本棚:養老孟司・評 『渇きの考古学−水をめぐる人類のものがたり』=スティーヴン・ミズン著」、『毎日新聞』2014年07月27日(日)付。


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今週の本棚:養老孟司・評 『渇きの考古学−水をめぐる人類のものがたり』=スティーヴン・ミズン著
毎日新聞 2014年07月27日 東京朝刊

 (青土社・3888円)

 ◇古代遺跡が教える「自然とともに仕事を」

 ヒトとドブネズミはとくに多くの水を必要とする哺乳類である。今の季節には熱中症への注意が絶えず広報される。その背景は脱水である。しかもヒトは社会的動物で、集団で暮らす。集団が大きくなり、都市を形成すると、水の供給が大問題となる。飲料水を典型とする生活水、農業用水の供給、そのための灌漑(かんがい)が常に都市の死活問題となった。中国史では水を治めるものが天下を治めるとされた。

 ヒトは水のような汗を大量に出す。周知のようにイヌやネコはそういう汗をかかない。汗は蒸発して、蒸発熱を奪い、体温を下げる。日本のように高温多湿の夏だと、汗がだらだら垂れ流しになって、じつは汗をかく意味がない。本書で最初に扱われる中近東は、高温だが乾燥した地域だから、住みやすいはずだが、乾燥するということは、そもそも水が不足がちだということである。その意味で人は矛盾した動物というしかない。

 本書は古代文明と水の供給システムについて、考古学者である著者が実地を訪問しながら、その歴史を語るという体裁をとる。挙げられているのはレバント、シュメール、クレタ、ナバテア、ローマ、中国、アンコール、マヤ、インカなどで、それに「過去を知り、未来の教訓とするために」という序章と、まとめとしての最終章を付し、全体で十二章の構成になっている。

 著者はそれぞれの場所でとくに発掘に関わるわけではない。単なる旅行者として現地を訪問し、学界でこれまでに知られていること、議論されてきた問題を要領よく紹介する。その点では、ふつうの観光客にも参考になる書き方である。たとえばローマでいうなら、マンガの『テルマエ・ロマエ』が人気なくらいだから、カラカラ浴場は多くの人が訪れると思う。でも著者はさらにローマ市の南八キロにある「パルコ・デッリ・アクエドッティ」を紹介する。日本語なら水道公園であろう。そこではローマ時代の風景を偲(しの)ぶことができる。著者はそういう。水道に限らず、私は旅では墓地を見学するが、自分が興味を持つ一面に注目すると、単なる観光ではなく、旅行がずいぶん興味深くなる。さらに水路は多くの部分が地下に埋もれているから、遺跡を見学するにも、ある程度の予備知識が必要なことが、本書からよく理解できる。

 アンコールやマヤのような熱帯では、水の供給はどうだったのだろうか。どちらも精巧な水利システムを持っていたが、今では密林に埋もれてしまっている。これらの文明の崩壊については、さまざまな議論があった。しかし現在では、その原因は気候変動だと推測されている。すなわち洪水と干ばつの繰り返しである。雨季と乾季が極端になったと思えばいい。たとえば巨木の年輪から、水の多かった年、少なかった年がいまでは測定可能である。

 現在のわれわれは、その原因が人工的であるか否かはともかく、気候変動の時期にいるらしい。今年の米国では、西は干ばつ、東は集中豪雨である。最終章で著者は将来について楽観的になるか、悲観的になるかを論じ、結局はどちらでもないとする。ただし注目すべきことは、現代世界で水問題で危機が生じている場所の多くは、古代に精緻な水利事業が行われていた場所だということである。それは現代になにを教えるか。都江堰(とこうえん)を建設した李冰(りひょう)がしっかりと心にとどめていたことを、著者は最後に引用する。「自然に逆らわずに、自然とともに仕事をせよ」(赤澤威、森夏樹訳)
    −−「今週の本棚:養老孟司・評 『渇きの考古学−水をめぐる人類のものがたり』=スティーヴン・ミズン著」、『毎日新聞』2014年07月27日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/m20140727ddm015070018000c.html





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渇きの考古学―水をめぐる人類のものがたり
スティーヴン・ミズン
青土社
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覚え書:「今週の本棚:井波律子・評 『二千七百の夏と冬 上・下』=荻原浩・著」、『毎日新聞』2014年07月27日(日)付。


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今週の本棚:井波律子・評 『二千七百の夏と冬 上・下』=荻原浩・著
毎日新聞 2014年07月27日 東京朝刊

 (双葉社・各1404円)

 ◇縄文・弥生人骨が語る歴史ファンタジー

 東日本大震災から数か月後の2011年夏、関東某所のダム建設予定地から、およそ二千七百年前のものと見られる、縄文人少年の古人骨が発掘された。推定年齢は十五歳。まもなく少年と手を握り合った少女の人骨も発掘される。少女はなんと弥生人だった。

 某新聞の地方支局に勤める女性記者は、このニュースに心引かれ、「骨は語る」という連載企画ができないものかと、多角的な調査と取材にとりかかる。これを皮切りに、少年が生きた縄文・弥生時代と現代を交錯させながら、スリリングな物語世界が展開される。

 かの少年ウルクは、縄文人の小集落ピナイ(谷の村)に、母と幼い弟と三人で暮らしていた。ピナイの人々は狩猟と採取で食糧を得ており、リーダーはむろん存在するが、強権をもつわけではなく、クマなどの大きな動物を射止めたときは、鎮魂を祈るなど、概して平穏な日々を送っていた。ウルクの願いも、早く一人前の狩人になることだった。

 そんなウルクに大きな転機が訪れる。弟が重病にかかったのだ。ウルクも幼いころ、同じ病気にかかったことがあり、父が命がけでクマを倒し、胆(きも)を食べさせてくれたおかげで命拾いしたのだった。かくて、弟を助けるべく、ウルクはクマを捜して山中に分け入り、掟(おきて)で定められた境界を越えてしまう。巨大なヒグマに遭遇したものの、歯が立たず、何とか木の実などを持ち帰ったときには、すでに弟は絶命していた。

 掟を破ったウルクは追放の憂き目にあうが、ヒグマを仕留め、「海渡り」と呼ばれる人々が栽培するという「コメ」を見つければ、帰郷が許される。泣き叫ぶ母を残して旅立ったウルクは、山中を彷徨(ほうこう)するうち、かのヒグマに出くわす。持てるかぎりの武器を使い、知恵を絞って、死闘をくりかえした果てに、ついに仕留めることに成功するが、深手を負い、力尽きて気を失ってしまう。このウルクとヒグマの壮絶な闘いの描写は、まことに臨場感にあふれ、ぐいぐいと読者を引き込む迫力に満ちており、圧巻というほかない。

 ウルクが助けられ蘇生したのは、海渡り人の国、「フジミクニ」だった。高みから富士山が見えるこの国は、ウルクの故郷ピナイに比べてはるかに人口が多く、稲作が行われ、猪(いのしし)が飼育され、強権をもつ「王」や戦士もいる。ピナイでは狩猟は行うが、人を射たりはしない。肥沃(ひよく)な土地を狙う王の思惑によって、ウルクは命を助けられ、猪の飼育係になる。

 さらに、かつて境界を越えてさまよった時、出会った少女カヒィと再会し、二人は恋に落ちる。カヒィは王の三番目の妻と目されていたため、ウルクは王の怒りを買い、殺されそうになるが、逆に王を猪の飼育場に追いこみ、ウルクになついている猪を駆り立てて、窮地を脱する。かくして、追手を振り切りながら、コメの苗を手に、カヒィとともにピナイをめざそうとする。しかし、凄(すさ)まじい地震が起こり、ピナイとカヒィは巻き込まれてしまう。これが、手を握り合う縄文の少年と弥生の少女の骨が語るドラマのあらましである。

 奇想天外な歴史ファンタジーだが、稲作や動物の飼育がなされる弥生人の国では、穏やかに時が流れる縄文人の集落とは異なり、支配と被支配の関係が強化され、強権をもつ者が出現し、より肥沃な土地を求める戦いが始まるさまもまた、浮き彫りにされる。楽しく読みながら、文明や進化とは何なのかと、考えさせられる快作である。
    −−「今週の本棚:井波律子・評 『二千七百の夏と冬 上・下』=荻原浩・著」、『毎日新聞』2014年07月27日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140727ddm015070017000c.html





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覚え書:「今週の本棚・新刊:『第一次世界大戦と日本』=井上寿一・著」、『毎日新聞』2014年07月27日(日)付。


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今週の本棚・新刊:『第一次世界大戦と日本』=井上寿一・著
毎日新聞 2014年07月27日 東京朝刊

 (講談社現代新書・864円)

 今年開戦100年を迎えた第一次世界大戦。関連書の刊行も相次いでいる。本書は、この戦争の日本への影響を新書の形式でコンパクトにまとめた。政治史と庶民の生活史を組み合わせ、戦前の日本人が社民主義的でリベラルな社会を望み、それが実現しつつあった様を描く著者お得意の手法が、今回も光る。

 内容は、おおざっぱにはよく知られている個別の事象も多い。しかし改めて、当時の日本が国際協調的な国家へと歩みを進めたこと、国際連盟での日本人の活躍や二大政党制成立期の議論の濃密さなどを併せて読めば、この時代の「豊かさ」を思わざるを得ない。朝鮮人や女性も、時代状況による大きな限界はありつつも、相対的に活躍の場を広げる。皇室も、立憲君主的なあり方をのぞかせる。しかし、「民主」的な日本が、関東大震災を機に少しずつ危うくなり、満州事変以降、崩壊してゆく。

 大戦で地中海に派遣された海軍将校の日記などミクロの視点を意識しつつ、簡潔明瞭な文体が、いつもながら心地よい。著者は今春、学習院大学長に就任。多忙な日々の中から、次作のアイデアが練られていると期待したい。(生)
    −−「今週の本棚・新刊:『第一次世界大戦と日本』=井上寿一・著」、『毎日新聞』2014年07月27日(日)付。

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http://mainichi.jp/shimen/news/20140727ddm015070016000c.html





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