日記:大江健三郎と南原繁

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子どもじみた態度と倫理的想像力

 森の奥の新制中学からひとり、バスと汽車の切符をもらって、やはり幾つもの県内の新制中学から集まった生徒たちの、特設クラスに行ったことがあります。アメリカ人の男女の見学者が数人囲むなか、日本人の教師から英語の授業を受けました。
 どんなテクストだったかも覚えていないのに、くっきりした二つの記憶があります。ひとつは、

 −−childlikeといわれても笑っておればいいが、childishといわれたら、侮辱だと思え! と教えられて、自分がアメリカ人の社会に入って行くことになったら、絶対に、childishとはいわせまい、と心にきめたこと。
 もうひとつは、その男の教師が、正しい発音のできない生徒(たとえば、私)を道具に使って、見学者らを笑わせるのが、それこそchildishじゃないか、と反発したことです。
 半世紀も前のことを思い出したのは、一種特別な表情のブッシュ大統領の脇でギターの弾き語りのマネをする小泉首相の写真を見て、日本の子供は(またアメリカの子供も)どう感じるだろう、と思ったからです。
 中国や韓国の子供たちがあれを見たとは思いませんが、今年(二〇〇六年の八月十五日、今度は厳粛な顔で靖国神社に向かう(かも知れない)小泉首相の映像を見ることも思いました。
 じつのところ私は、小泉首相の汽車たちへの定言命法式の答え、議会でのやりとりと薄ら笑いから、その人格をそういうものだと総合できないままで来ました。ヨーロッパの歴史を回想録風に語る古い本に、危機にさらされている小国でありながら奇妙な人物が権力の座にあってグロテスクな振る舞いをする……黒い笑い声が聞こえてくる……民衆に悲惨が残る、という種類の記述がよくありますが、そういえば東アジアの現在の危機にも、役者がそろいすぎているようなのが気になります。
 しかし私には、見果てぬ夢として、子供たちのための「倫理的想像力」のモデルとなる指導者、というイメージがあります。言葉自体はほかで見つけたはずですが、最近きっかけがあって、南原繁という政治学者・教育家の本を読むうち、自分の若いころの文字でmoral imaginationと書き込んであるのを発見しました。南原繁は、むしろ敬愛してきた幾人もの学者たちの、真の師匠としての、という私にとっての年代感覚の人ですが……
 この八月十五日、家にこもって憂鬱なことが起こるのを待つより、と思い立って、東大構内での集会に出してもらうことにしたのです。南原繁東京大学総長は、敗戦翌年の紀元節(いまは建国記念の日)、戦場から帰った学生らをふくむ若い人たち安田講堂で語りかけました。この記念すべき講演をめぐり、それぞれに話す会です。その日のことを南原自身が振り返った本に、私はさきの書き込みをしていたのです。
 南原は、国をあげての戦争に責任のない者はない、と記しています。《……ことに国を代表した天皇には、おのずから道徳的・精神的な責任がある。(中略)これは現在なお、問題として残されているところではないですか。ことに幾百万の兵士が天皇の名において死んでいるのです。これは、やはり一つの問題です。それにもう一つ、戦後の日本に政治的責任観念が非常にうすくなった。この点も、やはり考えられていい。道義の根源という問題が依然として今日残っているのではないですか。》(『聞き書 南原繁回想録』東京大学シュパン会)
 ここにある道義的、道義という語句を紀元節講演にさかのぼって読みとれば、キリスト教の(それもルターの改革以後の)言葉だとわかります。しかしこの本を読んだ時、自分は信仰に入ることができない、と考えていた私は困りました。そこで道徳的、道義を英語のmoralとして「倫理的想像力(モーラル・イマジネーション)」と解すれば、自分にも取り込めるんだが、と書き込みをしたのでしょう。
 さて紀元節の講演で、敗戦の破局と崩壊は、民族の神話伝統を歪めて用い、民族の優越性を言い立て、アジアから世界まで支配すべき運命だと信じた指導層の、独断と妄想による、と南原はのべます。どうしてこうなったのか? それは、強い民族意識こそあったけれど、おのおのに《一個独立の人間としての人間意識の確立と人間性の発展がなかった》からだ。しかし年頭、天皇人間宣言をされた。《それは同時に、わが国文化とわが国民の新たな「世界性」への解放》である。
 これに普遍的宗教をあわせて(という考えには私は同調しませんが)日本・日本人の復興を構想しよう、と南原は結論し学生たちは興奮しました。この再出発点のきまじめさ、自立への強い意志を、私らはいつ失ったか?
 南原講演と学生たちの積極的な受けとめにあるのは、危機のなかでの愛国心の顕在化です。しかも「倫理的想像力」と重なっている。そこには教育の現場に伝えたいものがみちている、と私は集会で話そうと思います。
    −−大江健三郎『定義集』朝日新聞出版、2012年、21−24頁。

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覚え書:「書評:ダーク・ドゥルーズ アンドリュー・カルプ 著」、『東京新聞』2017年04月16日(日)付。

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ダーク・ドゥルーズ アンドリュー・カルプ 著

2017年4月16日
 
◆つながりの閉塞破れ
[評者]平井玄=批評家
 ついテレビをつけながらスマホも見てしまう。そんな人が多い。日米の政治家たちが演じる三文芝居、と思いながらもネットをサーフィンする。みんな憑(つ)かれたようにそんな仕草(しぐさ)を繰り返している。CMも、アップルやグーグル、携帯電話やネット通販ばかり。画面には放射性廃棄物が詰まった袋の山も沖縄を囲む基地の金網も映らない。世界中がこの「つながる」というマジナイに取り憑かれている。壁を築いて黄金のタワーからツイッターする大統領や「イスラム国」、オリンピックが大好きな老若左右貧富の人たちまで。この「未来」を否定したらただちに「退場」のレッドカードだ。
 この「つながり至上主義」こそが敵。ビッグデータや「もののインターネット」が切り開く「明るい未来」をぶち壊せ! これが本書の大胆不敵な主張である。現代思想の巨魁(きょかい)、ジル・ドゥルーズが去ってもう二十二年。かつて「リゾーム」などの言葉で「つながる世界」を肯定するとされた彼の思想は実現したのか? いや私たちはネットの奴隷だ。「既にしんでいる」とすら著者は言う。この残酷な世界を肯定するもう一人の「破壊的ドゥルーズ」が潜んでいる。崩壊の先にしか別の世界はない、と言う。
 その力業に日本の気鋭の研究者たち四人も懸命に応答する。私たちが抱える「どんづまり感」がこの本を読ませる。
(大山載吉訳、河出書房新社・2592円)
<Andrew Culp> 米国テキサス大ダラス校客員助教授。
◆もう1冊
 小泉義之著『ドゥルーズの哲学』(講談社学術文庫)。二十世紀後半を代表する思想家の「差異」の哲学を読み解く。
    −−「書評:ダーク・ドゥルーズ アンドリュー・カルプ 著」、『東京新聞』2017年04月16日(日)付。

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ダーク・ドゥルーズ
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覚え書:「書評:「本をつくる」という仕事 稲泉連 著」、『東京新聞』2017年04月16日(日)付。

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「本をつくる」という仕事 稲泉連 著

2017年4月16日
 
◆技と人生を詰め込む
[評者]森彰英=ジャーナリスト
 ネット社会の進展に伴い、紙の本の滅亡論が叫ばれているが、本とは極めて付加価値の高い製品なのである。ドイツで修業して製本マイスターの資格を得た青木英一は言う。「例えば部分的に手作業の工程を強化し、ひと味なにかを加えるだけでも、本の雰囲気は変わる」
 本書にはこの青木をはじめとして百年に一度の活字大改刻事業に携わった開発技術者、活版印刷の灯を守る工房の主、製紙工場の職人、練達の校閲者、海外の本を日本に取り次ぐ版権仲介ビジネスの担当者らが登場する。
 著者はこの人たちの仕事場を訪ね、手作業のノウハウを掘り起こすとともに、それぞれの人生を実に丹念に聞き書きしている。一冊の本にこんなに精緻で奥行きのある技が内蔵されているのかと感嘆するとともに、この人々の心から滲(にじ)み出た仕事への思いが心を打つ。例えば、六畳ほどの活版印刷工房を営む溪山丈介の「原稿を受け取って組版をつくり、印刷物としてお客さんに渡す仕組み」を守り抜こうとする使命感や、校閲のベテラン矢彦孝彦の「あの人たち(作家)が分からないことを、こっちから指摘してやろう」という仕事根性などである。
 評者はいつも本を身近に置こうとするが、その理由が分かった。一冊の本には多数の人の努力の成果やそれぞれの生き方が詰め込まれているからである。
筑摩書房・1728円)
<いないずみ・れん> ノンフィクション作家。著書『復興の書店』など。
◆もう1冊
 辻山良雄著『本屋、はじめました』(苦楽堂)。物件探しや棚づくりなどの準備から開店後の店主の日常を紹介。
    −−「書評:「本をつくる」という仕事 稲泉連 著」、『東京新聞』2017年04月16日(日)付。

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「本をつくる」という仕事 (単行本)
稲泉 連
筑摩書房
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覚え書:「書評:ハイジが生まれた日 ちばかおり 著」、『東京新聞』2017年04月16日(日)付。

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ハイジが生まれた日 ちばかおり 著

2017年4月16日
 
◆アニメへの愛が紡ぐ戦後
[評者]赤坂真理=作家
 スイスアルプスの美しい風景を、カメラがなめるように移動してゆく。ハイジと子やぎユキのスキップがはさみこまれた後、目もくらむほどの高さの谷にかかったブランコをハイジがこぐ−−。テレビアニメ『アルプスの少女ハイジ』の伝説的オープニング。人に与えた影響は計り知れないだろうが、私にとっては、文体のルーツである。
 いまや世代も国境も超えたこのアニメの誕生をめぐる物語は、意外なところから始まる。一九四〇年、中国。戦争をよそに西洋そのものとして繁栄する天津のフランス租界、あるいは北京。そこで育った高橋茂人という少年がいなければ、ただのキリスト教的救済物語だった原作『ハイジ』は、新たな生命を吹き込まれることはなかった。アニメ『ハイジ』もまた、広義の戦争と戦後の産んだものであることに驚かされながら、引き込まれてゆく。
 アニメーターの宮崎駿高畑勲小田部羊一、作曲家の渡辺岳夫、詩人の岸田衿子、そして手塚治虫…。今から見ればキラ星のような才能が交錯し、輸入外国車ディーラーヤナセの社長など、意外としか言いようのない人々がかかわり、それぞれがその運命に身を投じ、あるいは巻き込まれて、引き受ける。そうして『ハイジ』、のみならず日本のアニメの初期にしてブレークスルーが、かたちづくられてゆく。裏番組にぶつけられたのは、松本零士の『宇宙戦艦ヤマト』だと知ると、なんと大きな戦後史がそこにあったものだ、と思う。と同時にやはり、それは普遍的な人間の物語なのだ。
 アニメでは、日常をきちんと描くのがいちばんむずかしいという。動作や表情の機微を、いちいち描写で起こさなければいけないからだ。むずかしいそれを何より大事にしたのは、取りも直さず、企画者であった高橋であろう。だからこそ『ハイジ』は愛され続けていると思う。高橋は、著者が本書の取材を終えた一週間後に亡くなったとある。愛と尊敬とを送りたい。
岩波書店・1944円)
<ちば・かおり> 海外児童文学研究者。本書は昨年本紙に連載したものを改稿。
◆もう1冊
 津堅信之著『新版 アニメーション学入門』(平凡社新書)。アニメの仕組みや歴史をはじめ、日本と世界の最近の動向を解説。
    −−「書評:ハイジが生まれた日 ちばかおり 著」、『東京新聞』2017年04月16日(日)付。

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覚え書:「安倍首相の施政方針演説(全文)」、『朝日新聞』2017年01月21日(土)付。

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安倍首相の施政方針演説(全文)
2017年1月21日 

 まず冒頭、天皇陛下の御公務の負担軽減等について申し上げます。現在、有識者会議で検討を進めており、近々論点整理が行われる予定です。静かな環境の中で、国民的な理解の下に成案を得る考えであります。

 【1】はじめに

 昨年末、オバマ大統領と共に、真珠湾の地に立ち、先の大戦で犠牲となった全ての御霊(みたま)に、哀悼の誠を捧げました。

 我が国では、300万余の同胞が失われました。数多(あまた)の若者たちが命を落とし、人々の暮らし、インフラ、産業はことごとく破壊されました。

 明治維新から70年余り経った当時の日本は、見渡す限りの焼け野原。そこからの再スタートを余儀なくされました。

 しかし、先人たちは決して諦めなかった。廃虚と窮乏の中から敢然と立ち上がり、次の時代を切り拓(ひら)きました。世界第3位の経済大国、世界に誇る自由で民主的な国を、未来を生きる世代のため創り上げてくれました。

 戦後70年余り。今を生きる私たちもまた、立ち上がらなければならない。「戦後」の、その先の時代を拓くため、新しいスタートを切る時です。

 少子高齢化、デフレからの脱却と新しい成長、厳しさを増す安全保障環境。困難な課題に真正面から立ち向かい、未来を生きる世代のため、新しい国創りに挑戦する。今こそ、未来への責任を果たすべき時であります。

 私たちの子や孫、その先の未来、次なる70年を見据えながら、皆さん、もう一度スタートラインに立って、共に、新しい国創りを進めていこうではありませんか。

 【2】世界の真ん中で輝く国創り

 ■日米同盟

 かつて敵として熾烈(しれつ)に戦った日本と米国は、和解の力により、強い絆で結ばれた同盟国となりました。

 世界では今なお争いが絶えません。憎しみの連鎖に多くの人々が苦しんでいます。その中で、日米両国には、寛容の大切さと和解の力を示し、世界の平和と繁栄のため共に力を尽くす責任があります。

 これまでも、今も、そしてこれからも、日米同盟こそが我が国の外交・安全保障政策の基軸である。これは不変の原則です。できる限り早期に訪米し、トランプ新大統領と同盟の絆を更に強化する考えであります。

 先月、北部訓練場、4千ヘクタールの返還が、20年越しで実現しました。沖縄県内の米軍施設の約2割、本土復帰後、最大の返還であります。地位協定についても、半世紀の時を経て初めて、軍属の扱いを見直す補足協定が実現しました。

 更に、学校や住宅に囲まれ、市街地の真ん中にあり、世界で最も危険と言われる普天間飛行場の全面返還を何としても成し遂げる。最高裁判所の判決に従い、名護市辺野古沖への移設工事を進めてまいります。

 かつて、「最低でも」と言ったことすら実現せず、失望だけが残りました。威勢のよい言葉だけを並べても、現実は一ミリも変わりません。必要なことは、実行です。結果を出すことであります。

 安倍内閣は、米国との信頼関係の下、抑止力を維持しながら、沖縄の基地負担軽減に、一つひとつ結果を出していく決意であります。

 ■地球儀を俯瞰(ふかん)する外交

 本年は、様々な国のリーダーが交代し、大きな変化が予想されます。先の見えない時代において、最も大切なこと。それは、しっかりと軸を打ち立て、そして、ぶれないことであります。

 自由、民主主義、人権、法の支配といった基本的価値を共有する国々と連携する。

 ASEAN、豪州、インドといった諸国と手を携え、アジア、環太平洋地域から、インド洋に及ぶ、この地域の平和と繁栄を確固たるものとしてまいります。

 自由貿易の旗手として、公正なルールに基づいた、21世紀型の経済体制を構築する。

 TPP協定の合意は、そのスタンダードであり、今後の経済連携の礎となるものであります。日EU・EPA(経済連携協定)のできる限り早期の合意を目指すとともに、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)などの枠組みが野心的な協定となるよう交渉をリードし、自由で公正な経済圏を世界へと広げます。

 継続こそ力。就任から5年目を迎え、G7諸国のリーダーの中でも在職期間が長くなります。500回以上の首脳会談の積み重ねの上に、地球儀を大きく俯瞰しながら、ダイナミックな平和外交、経済外交を展開し、世界の真ん中でその責任を果たしてまいります。

 ■近隣諸国との関係改善

 日本海から東シナ海南シナ海に至る地域では緊張が高まり、我が国を取り巻く安全保障環境は厳しさを増しています。地域の平和と安定のため、近隣諸国との関係改善を積極的に進めてまいります。

 ロシアとの関係改善は、北東アジアの安全保障上も極めて重要です。しかし、戦後70年以上経っても平和条約が締結されていない、異常な状況にあります。

 先月、訪日したプーチン大統領と、問題解決への真摯(しんし)な決意を共有しました。元島民の皆さんの故郷(ふるさと)への自由な訪問やお墓参り、北方四島全てにおける「特別な制度」の下での共同経済活動について、交渉開始で合意し、新たなアプローチの下、平和条約の締結に向けて重要な一歩を踏み出しました。

 この機運に弾みをつけるため、本年の早い時期にロシアを訪問します。70年以上動かなかった領土問題の解決は容易なことではありませんが、高齢である島民の皆さんの切実な思いを胸に刻み、平和条約締結に向け、一歩でも、二歩でも、着実に前進していきます。

 本年、日中韓サミットを我が国で開催し、経済、環境、防災など幅広い分野で、地域レベルの協力を強化します。

 韓国は、戦略的利益を共有する最も重要な隣国です。これまでの両国間の国際約束、相互の信頼の積み重ねの上に、未来志向で、新しい時代の協力関係を深化させてまいります。

 中国の平和的発展を歓迎します。地域の平和と繁栄に大きな責任を有することを、共に自覚し、本年の日中国交正常化45周年、来年の日中平和友好条約締結40周年という節目を迎える、この機を捉え、「戦略的互恵関係」の原則の下、大局的な観点から、共に努力を重ね、関係改善を進めます。

 北朝鮮が昨年、2度にわたる核実験、20発以上の弾道ミサイル発射を強行したことは、断じて容認できません。安保理決議に基づく制裁に加え、関係国と協調し、我が国独自の措置も実施しました。「対話と圧力」「行動対行動」の一貫した方針の下、核、ミサイル、そして引き続き最重要課題であり、発生から長い年月が経つ拉致問題の包括的な解決に向け、北朝鮮が具体的な行動を取るよう強く求めます。

 ■積極的平和主義

 真新しい国旗を手に、誇らしげに入場行進する選手たち。

 南スーダン独立後、初めての全国スポーツ大会には、異なる地域から、異なる民族の選手たちが一堂に会しました。

 その会場の一つとなる、穴だらけだったグラウンドに、1千個を超えるコンクリートブロックを、一つひとつ手作業で埋め込んだのは、日本の自衛隊員たちです。

 最終日、サッカー決勝は、奇(く)しくも、政治的に対立する民族同士の戦い。しかし、選手も、観客も、フェアプレーを貫きました。終了後には、勝利した側の選手が、負けた側の選手の肩を抱き、互いの健闘を称(たた)えあう光景が、そこにはありました。

 幼い息子さんを連れて観戦に来ていたジュバ市民の一人は、その姿に感動し、こう語っています。

 「毎日、スポーツが行われるような平和な国になってほしい」

 隊員たちが造ったのは、単なるグラウンドではありません。平和を生み出すグラウンドであります。自衛隊の活動一つひとつが、間違いなく、南スーダンの自立と平和な国創りにつながっている。

 灼熱(しゃくねつ)のアデン湾では、今この時も、海賊対処に当たる隊員諸君がいます。3800隻を上回る世界の船舶を護衛してきました。

 平和のため黙々と汗を流す自衛隊の姿を、世界が称賛し、感謝し、頼りにしています。与えられた任務を全力で全うする彼らは、日本国民の誇りであります。

 テロ、難民、貧困、感染症。世界的な課題は深刻さを増しています。こうした現実から、我が国だけが目を背けるようなことは、あってはなりません。今こそ、「積極的平和主義」の旗を高く掲げ、世界の平和と繁栄のため、皆さん、能(あた)う限りの貢献をしていこうではありませんか。

 【3】力強く成長し続ける国創り

 ■「壁」への挑戦

 昨年、大隅良典栄誉教授がノーベル医学・生理学賞を受賞し、3年連続で日本人がノーベル賞を獲得。世界の真ん中で輝く姿に、「やれば、できる」。日本全体が、大きな自信と勇気をもらいました。

 「未来は『予言』できない。しかし、『創る』ことはできる」

 ノーベル賞物理学者、デニス・ガボールの言葉です。

 5年前、日本には、根拠なき「未来の予言」があふれていました。「人口が減少する日本は、もう成長できない」「日本は、黄昏(たそがれ)を迎えている」。不安を煽(あお)る悲観論が蔓延(まんえん)していました。

 まさにデフレマインド、「諦め」という名の「壁」が立ちはだかり、政権交代後も、「アベノミクスで成長なんかできない」。私たちの経済政策には、批判ばかりでありました。

 しかし、日本はまだまだ成長できる。その「未来を創る」ため、安倍内閣は、この4年間、3本の矢を放ち、「壁」への挑戦を続けてきました。

 その結果、名目GDPは44兆円増加。9%成長しました。中小・小規模事業者の倒産は26年ぶりの低水準となり、政権交代前と比べ3割減らすことに成功しました。

 長らく言葉すら忘れられていた「ベースアップ」が3年連続で実現しました。史上初めて、47全ての都道府県で有効求人倍率が1倍を超えました。全国津々浦々で、確実に「経済の好循環」が生まれています。

 格差を示す指標である相対的貧困率が足元で減少しています。特に子どもの相対的貧困率は2%減少し、7・9%。15年前の調査開始以来一貫して増加していましたが、安倍内閣の下、初めて減少に転じました。

 「出来ない」と思われていたことが次々と実現できた。かつての悲観論は完全に間違っていた。そのことを、私たち自公政権は証明しました。

 この「経済の好循環」を更に前に進めていく。今後も、安定した政治基盤の下、力を合わせ、私たちの前に立ちはだかる「壁」を、次々と打ち破っていこうではありませんか。

 ■中小・小規模事業者への好循環

 景気回復の風を、更に、全国津々浦々、中小・小規模事業者の皆さんにお届けする。

 先月、50年ぶりに、下請け代金の支払いについて通達を見直しました。これまで下請け事業者の資金繰りを苦しめてきた手形払いの慣行を断ち切り、現金払いを原則とします。近年の下請けいじめの実態を踏まえ、下請法の運用基準を13年ぶりに抜本改定しました。今後、厳格に運用し、下請け取引の条件改善を進めます。

 4月から、成長の果実を活(い)かし、雇用保険料率を引き下げます。これにより、中小・小規模事業者の負担を軽減し、働く皆さんの手取りアップを実現します。更に、賃上げに積極的な事業者を、税額控除の拡充により後押しします。

 生産性向上のため、今後2年間の設備投資には、固定資産税を3年間半減する。この仕組みを、製造業だけでなく、小売り・サービス業にも拡大することで、商店街などにおいても攻めの投資を促します。

 ■地方創生

 1日平均、20人。人影が消え、シャッター通りとなった岡山の味野(あじの)商店街は、その「壁」に挑戦しました。

 地場の繊維産業を核に、商店街、自治体、商工会議所が一体で、「児島ジーンズストリート」を立ち上げました。30店を超えるジーンズ店が軒を並べ、ジーンズ柄で構内がラッピングされた駅からは、ジーンズバスやジーンズタクシーが走ります。

 まさに「ジーンズの聖地」。今や、年間15万人を超える観光客が集まる商店街へ生まれ変わりました。評判は海外にも広がり、アジアからの外国人観光客も増えています。

 地方には、それぞれの魅力、観光資源、ふるさと名物があります。それを最大限活かすことで、過疎化という「壁」も必ずや打ち破ることができるはずです。

 自分たちの未来を、自らの創意工夫と努力で切り拓く。地方の意欲的なチャレンジを、自由度の高い「地方創生交付金」によって、後押しします。

 地方の発意による、地方のための分権改革を進めます。空き家や遊休地の活用に関する制限を緩和し、自治体による有効利用を可能とします。

 故郷への情熱を持って、地方創生にチャレンジする。そうした地方の皆さんを、安倍内閣は、全力で応援します。

 ■観光立国

 1千万人の「壁」。政権交代前、外国人観光客は、年間800万人余りで頭打ちとなっていました。

 安倍内閣は、その「壁」を、僅(わず)か1年で突破しました。4年連続で過去最高を更新し、昨年は、3倍の2400万人を超えました。

 日本を訪れる外国クルーズ船は、僅か3年で4倍に増加。秋田港で竿燈(かんとう)まつり、青森港でねぶた祭徳島小松島港阿波おどり、各地自慢の祭りを巡る外国のクルーズツアーが企画されるなど、地方に大きなチャンスが生まれています。

 民間資金を活用し、国際クルーズ拠点の整備を加速します。港湾法を改正し、投資を行う事業者に、岸壁の優先使用などを認める新しい仕組みを創設します。

 沖縄はアジアとの架け橋。我が国の観光や物流のゲートウェーです。新石垣空港では、昨年、香港からの定期便の運航が始まり、外国人観光客の増加に沸いています。機材の大型化に対応するための施設整備を支援します。

 全国の地方空港で、国際定期便の就航を支援するため、着陸料の割引、入国管理等のインフラ整備を行います。羽田、成田両空港の2020年4万回の容量拡大に向け、羽田空港では新しい国際線ターミナルビルの建設に着手します。

 いわゆる「民泊」の成長を促すため、規制を改革します。衛生管理などを条件に、旅館業法の適用を除外することで、民泊サービスの拡大を図ります。

 あらゆる政策を総動員して、次なる4千万人の高みを目指し、観光立国を推し進めてまいります。

 ■農政新時代

 地方経済の核である農業では、高齢化という「壁」が立ちはだかってきました。平均年齢は66歳を超えています。

 しかし、攻めの農政の下、40代以下の新規就農者は2年連続で増加し、足元では、統計開始以来最多の2万3千人を超えました。生産農業所得も、直近で年間3兆3千億円、過去11年で最も高い水準まで伸びています。

 更なる弾みをつけるため、8本に及ぶ農政改革関連法案を、今国会に提出し、改革を一気に加速します。

 農業版の「競争力強化法」を制定します。肥料や飼料を一円でも安く仕入れ、農産物を一円でも高く買ってもらう。そうした農家の皆さんの努力を後押しするため、生産資材や流通の分野で、事業再編、新規参入を促します。委託販売から買い取り販売への転換など、農家のための全農改革を進めます。数値目標の達成状況を始め、その進捗(しんちょく)をしっかりと管理してまいります。

 牛乳や乳製品の流通を、事実上、農協経由に限定している現行の補給金制度を抜本的に見直し、生産者の自由な経営を可能とします。

 農地バンクの下、農地の大規模化を進めます。世界のマーケットを目指し、生産行程や流通管理の規格化、JETROの世界ネットワークを活用したブランド化を展開し、競争力を強化します。

 農政改革を同時並行で一気(いっき)呵成(かせい)に進め、若者が農林水産業に自分たちの夢や未来を託することができる「農政新時代」を、皆さん、共に、切り拓いていこうではありませんか。

 ■イノベーションを生み出す規制改革

 チャレンジを阻む、あらゆる「壁」を打ち破ります。イノベーションを次々と生み出すための、研究開発投資、そして規制改革。安倍内閣は、3本目の矢を、次々と打ち続けます。

 医療情報について、匿名化を前提に利用可能とする新しい仕組みを創設します。ビッグデータを活用し、世界に先駆けた、新しい創薬や治療法の開発を加速します。

 人工知能を活用した自動運転。その未来に向かって、本年、各地で実証実験が計画されています。国家戦略特区などを活用して、自動運転の早期実用化に向けた民間の挑戦を後押しします。

 民間の視点に立った行政改革も進めます。長年手つかずであった各種の政府統計について、一体的かつ抜本的な改革を行います。

 本年4月からガスの小売りを完全に自由化します。昨年の電力自由化と併せ、多様なサービスのダイナミックな展開と、エネルギーコストの低廉化を実現します。

 水素エネルギーは、エネルギー安全保障と温暖化対策の切り札です。これまでの規制改革により、ここ日本で、未来の水素社会がいよいよ幕を開けます。3月、東京で、世界で初めて、大容量の燃料電池を備えたバスが運行を始めます。来年春には、全国で100カ所の水素ステーションが整備され、神戸で水素発電による世界初の電力供給が行われます。

 2020年には、現在の40倍、4万台規模で燃料電池自動車の普及を目指します。世界初の液化水素船による大量水素輸送にも挑戦します。生産から輸送、消費まで、世界に先駆け、国際的な水素サプライチェーンを構築します。その目標の下に、各省庁にまたがる様々な規制を全て洗い出し、改革を進めます。

 【4】安全・安心の国創り

 ■被災地の復興

 再生可能エネルギーから大規模に水素を製造する。最先端の実証プロジェクトが、福島で動き出しました。

 南相馬では、町工場の若い後継者たちが力を合わせ、災害時に水中調査を行うロボットを開発しました。その一人、金型工場の2代目、渡邉光貴(こうき)さんが、強い決意を私に語ってくれました。

 「南相馬が『ロボットの町』と言われるよう、若い力で頑張る」

 原発事故により大きな被害を受けた浜通り地域は、今、世界最先端の技術が生まれる場所になろうとしています。

 福島復興特措法を改正し、イノベーション・コースト構想を推し進めます。官民合同チームの体制を強化し、生業(なりわい)の復興を加速します。

 今年度中に、帰還困難区域を除き、除染が完了します。廃炉、賠償等を安定的に実施することと併せ、2020年には身近な場所から仮置き場をなくせるよう、中間貯蔵施設の建設を急ぎます。帰還困難区域でも、復興拠点を設け、5年を目途に避難指示解除を目指し、国の負担により除染やインフラ整備を一体的に進めます。

 東北3県では、来年春までに、95%を超える災害公営住宅が完成し、高台移転も9割で工事が完了する見込みです。農業、水産業、観光業など、生業の復興を力強く支援します。

 熊本地震以来通行止めとなっていた、俵山トンネルを含む熊本高森線が先月開通し、日本が誇る観光地・阿蘇へのアクセスが大きく改善しました。今後、熊本空港ターミナルビルの再建、更には「復興のシンボル」である熊本城天守閣の早期復旧を、国として全力で支援してまいります。

 ■国土の強靱(きょうじん)化

 昨年の台風10号では、岩手の岩泉町で、避難が遅れ、9名の高齢者の方々が川の氾濫(はんらん)の犠牲となりました。現場に足を運び、御冥福をお祈りするとともに、再発防止への決意を新たにしました。

 水防法を抜本的に改正します。介護施設、学校、病院など避難に配慮が必要な方々がいらっしゃる施設では、避難計画の作成、訓練の実施を義務化します。中小河川も含め、地域住民に水災リスクが確実に周知されるようにします。

 治水対策の他、水害や土砂災害への備え、最先端技術を活用した老朽インフラの維持管理など、事前防災・減災対策に徹底して取り組み、国土強靱化を進めます。

 ■生活の安心

 糸魚川の大規模火災で被災された方々に、心よりお見舞いを申し上げます。一日も早い生活再建、事業再開に向け、国も全力で支援してまいります。

 お年寄りなどを狙った悪質業者が後を絶ちません。被害者の救済を消費者団体が代わって求める新しい訴訟制度が、昨年スタートしました。これを国民生活センターがバックアップする仕組みを整え、より迅速な救済を目指します。

 3年後に迫ったオリンピック・パラリンピックを必ず成功させる。サイバーセキュリティー対策、テロなど組織犯罪への対策を強化します。受動喫煙対策の徹底、ユニバーサルデザインの推進、多様な食文化への対応など、この機を活かし、誰もが共生できる街づくりを進めます。

 昨年7月、障害者施設で何の罪もない多くの方々の命が奪われました。決してあってはならない事件であり、断じて許せません。精神保健福祉法を改正し、措置入院患者に対して退院後も支援を継続する仕組みを設けるなど、再発防止対策をしっかりと講じてまいります。

 【5】1億総活躍の国創り

 障害や難病のある方も、女性も男性も、お年寄りも若者も、一度失敗を経験した方も、誰もが生きがいを持って、その能力を存分に発揮できる社会を創る。

 1億総活躍の「未来」を切り拓くことができれば、少子高齢化という課題も必ずや克服できるはずです。

 しかし、家庭環境や事情は、人それぞれ異なります。何かをやりたいと願っても、画一的な労働制度、保育や介護との両立など様々な「壁」が立ちはだかります。こうした「壁」を一つひとつ取り除く。これが、1億総活躍の国創りであります。

 ■働き方改革

 最大のチャレンジは、一人ひとりの事情に応じた、多様で柔軟な働き方を可能とする、労働制度の大胆な改革。働き方改革です。

 アベノミクスによって、有効求人倍率は、現在、25年ぶりの高い水準。この3年間ずっと1倍を上回っています。正規雇用も一昨年増加に転じ、24カ月連続で前年を上回る勢いです。雇用環境が改善する中、民間企業でも、定年延長や定年後も給与水準を維持するなど、前向きな動きが生まれています。

 雇用情勢が好転している今こそ、働き方改革を一気に進める大きなチャンスです。3月に実行計画を決定し、改革を加速します。

 同一労働同一賃金を実現します。昇給の扱いが違う、通勤などの各種手当が支給されない、福利厚生や研修において扱いが異なるなど、不合理な待遇差を個別具体的に是正するため、詳細なガイドライン案を策定しました。今後、その根拠となる法改正について、早期の国会提出を目指し、立案作業を進めます。

 1年余り前、入社1年目の女性が、長時間労働による過酷な状況の中、自ら命を絶ちました。御冥福を改めてお祈りするとともに、二度と悲劇を繰り返さないとの強い決意で、長時間労働の是正に取り組みます。いわゆる三六協定でも超えることができない、罰則付きの時間外労働の限度を定める法改正に向けて、作業を加速します。

 抽象的なスローガンを叫ぶだけでは、世の中は変わりません。重要なことは、何が不合理な待遇差なのか、時間外労働の限度は何時間なのか、具体的に定めることです。言葉だけのパフォーマンスではなく、しっかりと結果を生み出す働き方改革を、皆さん、共に、進めていこうではありませんか。

 ■女性の活躍

 「人は、幾つからでも、どんな状況からでも、再出発できる」

 16年間子育てに専念した後、リカレント教育を受け、再就職を果たした、島千佳さんの言葉です。役職にも就き、仕事に大変やりがいを感じているそうです。島さんは、笑顔で、私にこう語ってくれました。

 「子育ての経験をしたからこそ、今の職場で活かせることがたくさんある」

 子育てや介護など多様な経験を持つ人たちの存在は、企業にとって大きなメリットを生み出すはずです。

 「103万円の壁」を打ち破ります。パートで働く皆さんが、就業調整を意識せずに働くことができるよう、配偶者特別控除の収入制限を大幅に引き上げます。

 出産などを機に離職した皆さんの再就職、学び直しへの支援を抜本的に拡充します。復職に積極的な企業を支援する助成金を創設します。雇用保険法を改正し、教育訓練給付の給付率、上限額を引き上げます。子どもを託児所に預けながら職業訓練が受けられる、また、土日・夜間にも必要な講座を受講できるなど、きめ細かく、再就職支援の充実を図ります。

 ■成長と分配の好循環

 保育や介護と、仕事の両立を図る。

 子育てを理由に仕事を辞めずに済むよう、育休給付の支給期間を最大2歳まで延長します。地方と連携し、子育て世帯に対する住宅ローン金利を引き下げ、3世代の近居や同居を支援します。

 「待機児童ゼロ」「介護離職ゼロ」。その大きな目標に向かって、保育、介護の受け皿整備を加速します。国家戦略特区で実施してきた都市公園に保育園や介護施設の建設を認める規制緩和を全国展開します。

 人材を確保するため、来年度予算でも処遇改善に取り組みます。介護職員の皆さんには、経験などに応じて昇給する仕組みを創り、月額平均1万円相当の改善を行います。保育士の方々には、概(おおむ)ね経験3年以上で月5千円、7年以上で月4万円の加算を行います。

 加えて、全ての保育士の皆さんに2%の処遇改善を実施します。これにより、政権交代後、合計で10%の改善が実現いたします。他方で、あの3年3カ月、保育士の方々の処遇は、改善するどころか、引き下げられていた。重要なことは、言葉を重ねることではありません。責任を持って財源を確保し、結果を出すことであります。安倍内閣は、言葉ではなく結果で、国民の負託に応えてまいります。

 年金受給資格期間を25年から10年に短縮します。消費税率引き上げを延期した中でも、10月から、新しく64万人の方々に年金支給を開始します。自治体による国保の安定的な運営のため財政支援を拡充します。最低賃金が大きく上昇を続ける中、失業給付について、若い世代への支給期間を延長するなど改善を実施します。

 来年度予算では、政権交代前と比べ、国の税収は15兆円増加し、新規の公債発行額は10兆円減らすことができました。こうしたアベノミクスの果実も活かし、「成長と分配の好循環」を創り上げてまいります。

 同時に、将来にわたり持続可能な社会保障制度を構築するため、改革の手も決して緩めません。

 薬価制度の抜本改革を断行します。2年に1回の薬価改定を毎年実施することとし、国民負担の軽減と医療の質の向上の両立を図ります。医療保険で、高齢者の皆さんが現役世代より優遇される特例に関し、一定の所得がある方については見直しを実施します。

 累次の改革が実を結び、かつて毎年1兆円ずつ増えていた社会保障費の伸びは、今年度予算に続き来年度予算においても、5千億円以下に抑えることができました。引き続き、経済再生と財政再建社会保障改革の三つを同時に実現しながら、1億総活躍の未来を切り拓いてまいります。

 【6】子どもたちが夢に向かって頑張れる国創り

 ■個性を大切にする教育再生

 我が国の未来。それは、子どもたちであります。

 子どもたち一人ひとりの個性を大切にする教育再生を進めます。

 先般成立した教育機会確保法を踏まえ、フリースクールの子どもたちへの支援を拡充し、いじめや発達障害など様々な事情で不登校となっている子どもたちが、自信を持って学んでいける環境を整えます。

 実践的な職業教育を行う専門職大学を創設します。選択肢を広げることで、これまでの単線的、画一的な教育制度を変革します。

 ■誰にでもチャンスのある教育

 「邑(むら)に不学の戸なく、家に不学の人なからしめん」

 明治日本が、学制を定め、国民教育の理想を掲げたのは、今から140年余り前のことでした。

 それから70年余り。日本国憲法が普通教育の無償化を定め、小・中学校9年間の義務教育制度がスタートしました。

 本年は、その憲法施行から70年の節目であります。

 この70年間、経済も、社会も、大きく変化しました。子どもたちがそれぞれの夢を追いかけるためには、高等教育もまた、全ての国民に真に開かれたものでなければなりません。学制の序文には、こう記されています。

 「学問は身を立(たつ)るの財本(もとで)ともいふべきもの」

 どんなに貧しい家庭で育っても、夢を叶(かな)えることができる。そのためには、誰もが希望すれば、高校にも、専修学校、大学にも進学できる環境を整えなければなりません。

 高校生への奨学給付金を更に拡充します。本年春から、その成績にかかわらず、必要とする全ての学生が、無利子の奨学金を受けられるようにします。返還についても卒業後の所得に応じて変える制度を導入することで、負担を軽減します。

 更に、返還不要、給付型の奨学金制度を、新しく創設いたします。本年から、児童養護施設や里親の下で育った子どもたちなど、経済的に特に厳しい学生を対象に、先行的にスタートします。来年以降、1学年2万人規模で、月2万円から4万円の奨学金を給付します。

 幼児教育についても、所得の低い世帯では、第3子以降に加え、第2子も無償とするなど、無償化の範囲を更に拡大します。

 全ての子どもたちが、家庭の経済事情にかかわらず、未来に希望を持ち、それぞれの夢に向かって頑張ることができる。そうした日本の未来を、皆さん、共に、切り拓いていこうではありませんか。

 【7】おわりに

 子や孫のため、未来を拓く。

 土佐湾でハマグリの養殖を始めたのは、江戸時代、土佐藩重臣、野中兼山(けんざん)だったと言われています。こうした言い伝えがあります。

 「美味(おい)しいハマグリを、江戸から、土産に持ち帰る」

 兼山の知らせを受け、港では大勢の人が待ち構えていました。しかし、到着するや否や、兼山は、船いっぱいのハマグリを全部海に投げ入れてしまった。ハマグリを口にできず、文句を言う人たちを前に、兼山はこう語ったと言います。

 「このハマグリは、末代までの土産である。子たち、孫たちにも、味わってもらいたい」

 兼山のハマグリは、土佐の海に定着しました。そして350年の時を経た今も、高知の人々に大きな恵みをもたらしている。

 まさに「未来を拓く」行動でありました。

 未来は変えられる。全ては、私たちの行動にかかっています。

 ただ批判に明け暮れたり、言論の府である国会の中でプラカードを掲げても、何も生まれません。意見の違いはあっても、真摯かつ建設的な議論をたたかわせ、結果を出していこうではありませんか。

 自らの未来を、自らの手で切り拓く。その気概が、今こそ、求められています。

 憲法施行70年の節目に当たり、私たちの子や孫、未来を生きる世代のため、次なる70年に向かって、日本をどのような国にしていくのか。その案を国民に提示するため、憲法審査会で具体的な議論を深めようではありませんか。

 未来を拓く。これは、国民の負託を受け、この議場にいる、全ての国会議員の責任であります。

 世界の真ん中で輝く日本を、1億総活躍の日本を、そして子どもたちの誰もが夢に向かって頑張ることができる、そういう日本の未来を、共に、ここから、切り拓いていこうではありませんか。

 御清聴ありがとうございました。
    −−「安倍首相の施政方針演説(全文)」、『朝日新聞』2017年01月21日(土)付。

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http://www.asahi.com/articles/DA3S12757697.html





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