覚え書:「政治断簡 揺らぐ改憲日程、57年前の教訓 編集委員・国分高史」、『朝日新聞』2017年07月24日(月)付。

Resize9032

        • -

政治断簡 揺らぐ改憲日程、57年前の教訓 編集委員・国分高史
2017年7月24日

 安倍晋三首相は、憲法改正論議を「政局化」した。

 このコラムでそう書いたのは5月のことだ。それからわずか2カ月で、首相は自ら仕掛けた政局によって自縄自縛に陥ったように見える。

 もちろん、その原因は予想をはるかに超えた東京都議選での自民党の惨敗と、内閣支持率の落ち込みだ。

 こんな状況で改憲などできるのか。党内の見方は割れる。首相に近い議員は「都議選と国政は関係ない。予定通りに進め、来年の通常国会で発議する」といい、首相に距離を置く議員は「国民投票で否決のリスクを考えれば、もう無理だ」と見る。

 国民投票では憲法改正案の中身が問われるとはいえ、安倍首相への信任投票の色彩を帯びることは避けられない。朝日新聞の7月の世論調査で首相を「信用できない」と答えた人は61%。防衛省の日報や加計学園の疑惑で大揺れが続いていることを考えれば、いまの政権では「無理だ」と見る方が妥当だろう。

     *

 首相は春から改憲に向けた布石を着々と打ってきた。首相に近い改憲派によれば、5月3日の読売新聞インタビューで9条改正を打ち出したのは、改憲派を党内に抱える民進党と護憲の共産党との共闘を分断するためだ。

 さらに6月の講演で自民党案を年内に衆参両院の憲法審査会に提出したいと踏み込んだのは、「民進党が反対ならば、両院で3分の2を超える改憲勢力だけで改憲案を発議する意思をはっきりさせた」のだという。

 首相は表向きこの日程感を変えていないが、強気一辺倒はもはや通りそうにない。

 首相が現有勢力で発議しようとすれば、それまで衆院解散は封印せざるを得ない。衆院選を先にすれば改憲勢力は3分の2を割るというのが政界の一致した見方だからだ。

 一方、いったん掲げた改憲日程を降ろすとなれば、保守派の失望を招くのは必至。どちらにせよ、首相の求心力低下は免れない。

     *

 安倍首相の祖父・岸信介元首相が手がけた1960年の日米安保改定。当初は盛り上がりに欠けていた反対闘争に火をつけたのは、5月19日深夜に始まる衆院での条約承認の強行採決だった。

 1カ月後のアイゼンハワー米大統領の来日までに参院での自然承認を図る狙いがあったが、院内に500人もの警官隊を入れての強行劇に世論は沸騰。闘争は全国規模で爆発的に広がった。

 「安保反対」の大合唱に、岸氏は「私は『声なき声』にも耳を傾けなければならないと思う。いまあるのは『声ある声』だけだ」と強弁したが、ほどなく退陣に追い込まれた。

 当時閣内にいた中曽根康弘元首相は、日程ありきの政治判断を後に「岸内閣のミステイク」と評している。

 「共謀罪」法の採決強行で国会を閉じ、都議選最終日に街頭で「辞めろ」の連呼に直面した安倍首相が、57年前の経緯を思い起こさぬはずはない。はたして、そこから何らかの教訓をくみ取れるのだろうか。
    −−「政治断簡 揺らぐ改憲日程、57年前の教訓 編集委員・国分高史」、『朝日新聞』2017年07月24日(月)付。

        • -


http://www.asahi.com/articles/DA3S13052552.html


Resize9014


Resize8037

覚え書:「2084 世界の終わり [著]ブアレム・サンサル [評者]立野純二(本社論説主幹代理)」、『朝日新聞』2017年2017年10月22日(日)付。

Resize9033


        • -

2084 世界の終わり [著]ブアレム・サンサル
[評者]立野純二(本社論説主幹代理)
[掲載]2017年10月22日
[ジャンル]文芸
 
■自由と隷従の境はどこにあるか

 いつの世も、権力は体制への信心を国民に植えつけようとするものだ。
 「戦争とは平和」「自由とは隷従」「無知は力」。そんな名句を生んだ1949年の英作家ジョージ・オーウェル作『一九八四年』の恐れは今も変わらない。いや、ひたひたと近づいているというべきだろう。
 ファシズムから宗教的な過激思想、そしてポピュリズムへ。時代と共に焦点は移ろうが、通底するのは、国民の恐怖心と従順のサイクルを、為政者は求め続けるという永遠の真実だ。
 この物語の舞台は宗教国家とされているが、主題は人間の自由と権力の対立である。政府が歴史を定義づけ、心の中まで監視する統治のありようは、真実よりフェイクが力を持つ現代を戯画化したかのようだ。
 時は『一九八四年』から100年後。核戦争による「大聖戦」後に樹立された国家の暮らしの中で、主人公の公務員アティは管理社会に疑問を抱き始める。
 信仰を強制し、公開処刑を科す恐怖政治は、「イスラム国」(IS)を思わせる。その点で直接的な風刺も若干あるが、大半は幻想的な心象描写が続く。
 類似のディストピア小説でもフランスのミシェル・ウエルベック作『服従』や『一九八四年』とくらべ、陰鬱(いんうつ)で色彩もない。西欧文化の空想とは異なる、アラブ世界の窒息感が漂う。
 内戦の流血を経て今なお抑圧が続くアルジェリア在住の著者は、もとはエリート官僚だった。長い思索の末にアティが踏み出す真実探しの旅は、著者自らの心の軌跡なのだろう。
 「人は自分がどこにいるのかを探ろうとすればするほど道に迷ってしまう」「反抗によってしか、存在することも、おのれを知ることもできない」
 国難をあおり、「安定」を連呼する政治家の言葉にこそ、ディストピアの響きがある。自由と隷従の境はどこにあるのか。私たちも「無知」を拒む心の旅路に出かけねばなるまい。
    ◇
 Boualem Sansal 49年生まれ。アルジェリアの作家。本作でアカデミーフランセーズ小説賞のグランプリ。
    −−「2084 世界の終わり [著]ブアレム・サンサル [評者]立野純二(本社論説主幹代理)」、『朝日新聞』2017年2017年10月22日(日)付。

        • -




http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2017102200008.html



Resize8038


2084 世界の終わり
2084 世界の終わり
posted with amazlet at 17.12.12
ブアレム サンサル
河出書房新社
売り上げランキング: 102,333

覚え書:「浮世絵細見 [著]浅野秀剛 [評者]椹木野衣 (美術評論家)」、『朝日新聞』2017年2017年10月22日(日)付。

Resize9034

        • -

浮世絵細見 [著]浅野秀剛
[評者]椹木野衣 (美術評論家)
[掲載]2017年10月22日
[ジャンル]アート・ファッション・芸能
 
 浮世絵は誰もが身近に感じる日本美術の代表。欧米での人気もうなぎのぼり。が、こんなにわかっていないことが多かったとは。
 そもそも洋画や日本画さえ西洋の美術をモデルに明治時代に作り出された。浮世絵の全盛期に「美術」という言葉はなかった。私たちが浮世絵を美術館で鑑賞するのと違い、もとは私的な楽しみのため市井で売り買いされるものだった。
 そんなことは知っていると言うかもしれない。ところが、買い手が浮世絵をどのように持ち帰ったのかさえ、実はよくわかっていないらしい。展示や画集になれっこになっているから、いちいち想像などしない。しかしそれで本当に浮世絵を身近に楽しめていると言えるだろうか。
 本書は、こうした謎を最新の知見にもとづき、現時点でわかるギリギリのところまで教えてくれる。親切な浮世絵の入門書は少なくない。けれども、わからないことをここまで教えてくれる本は初めてだ。
    −−「浮世絵細見 [著]浅野秀剛 [評者]椹木野衣 (美術評論家)」、『朝日新聞』2017年2017年10月22日(日)付。

        • -





http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2017102200009.html








Resize8039




浮世絵細見 (講談社選書メチエ)
浅野 秀剛
講談社
売り上げランキング: 259,255

覚え書:「復興百年誌―石碑が語る関東大震災 [著]武村雅之 [評者]山室恭子(東工大教授)」、『朝日新聞』2017年2017年10月22日(日)付。

Resize9035

        • -

復興百年誌―石碑が語る関東大震災 [著]武村雅之
[評者]山室恭子(東工大教授)
[掲載]2017年10月22日
[ジャンル]歴史 社会
 
◇神奈川県民頌徳(しょうとく)碑◇
 九十四年前の秋、祈りの声が地に満ちた。激震が県全域を襲い、家屋倒壊と火災と津波に幾万の人命が露と消えた。県民たちは各地に慰霊碑を建てて死者を弔った。公募にて選ばれし厚木町の碑名は「あゝ九月一日」という。
 やがて復興の歩みが進んだ。県民たちは浄財を醵出(きょしゅつ)して用水を引き耕地を整理し、竣工(しゅんこう)するごとに、その地に碑を刻んだ。江の島奥津宮参道の再建鳥居の脇には、旧鳥居の残材にて作られし奉納者名碑が寄り添っている。
 震災から十二年を経て、藤沢市亀井神社の復興記念碑は追憶する。「苦しき試練は人を偉大ならしめ、大災の人生に与うる教訓の深甚測り難きもの存す」と。至言なり。未曾有(みぞう)の天災と対峙(たいじ)して不断の努力を重ねた県民各位の足跡が、六百三十四件の石碑などを踏査した武村雅之氏の高著によって蘇(よみがえ)った。神奈川県民の偉業に畏敬(いけい)と感謝の念を捧げ、ここに頌徳碑を建立する。
    −−「復興百年誌―石碑が語る関東大震災 [著]武村雅之 [評者]山室恭子(東工大教授)」、『朝日新聞』2017年2017年10月22日(日)付。

        • -





http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2017102200010.html


Resize8040



復興百年誌:石碑が語る関東大震災
武村 雅之
鹿島出版会
売り上げランキング: 423,280

覚え書:「やまゆり園事件が残したもの:上 障害・差別――私は伝えたい」、『朝日新聞』2017年07月24日(月)付。

Resize9036

        • -

やまゆり園事件が残したもの:上 障害・差別――私は伝えたい
2017年7月24日
 
「ぬーたんがとぶ日」の読み聞かせに聴き入る子どもたち=京都府舞鶴市
 障害者施設「津久井やまゆり園」(相模原市)で19人の入所者の命が奪われた事件から、まもなく1年を迎える。事件とどう向き合い、その教訓をどのように伝えていくのか。模索している人たちを訪ねた。

 ■絵本読み聞かせ、心に理解の種まく

 京都府舞鶴市の朝来幼稚園では、「ぬーたんがとぶ日」という絵本を教材に使っている。7月上旬、年長組の教室で、担任の藤本友美さん(39)が読み聞かせをした。

 主人公の「ぬーたん」は、京都府の鳥にも指定されているオオミズナギドリ。翼が大きくて地面から飛び立てないため、一度高い場所に登ってから飛ぶ。飛ぶことが苦手な「ぬーたん」が、少年の後押しを受けて大空へ羽ばたいていく物語だ。

 読み終えた藤本さんが感想を聞くと、幼児たちから次々と声が上がった。

 「困っている人がいたら助けたい」「ぼくもお友達に助けてもらって、できるようになったことがあるよ!」

 この絵本は、市内で知的障害者が通う施設を運営する社会福祉法人みずなぎ学園」がつくった。学園の鈴木令子園長(57)は「苦手なこと、できないことは誰にもある。でも、サポートがあれば苦手を克服できる、ということを伝えたかった」と明かす。

 昨年7月の事件後、インターネット上で「障害者はいなくなればいい」という思想に賛同する多くの書き込みを目にした。「『差別はいけない』と頭ではわかっても、心でわかることとは違うんだ」と痛感。かねて構想していた障害者のことを伝える絵本づくりに取りかかった。

 ストーリーは職員が知恵を出し合って考えた。昨年12月に完成し、1万冊を刷って近くにある幼稚園や小学校へ寄付。鈴木園長が20校ばかり訪ね歩き、直接、制作した思いも伝えた。

 朝来幼稚園では、昨年末から読み聞かせを続けている。「社会の中で自分と違う人がいるのは当然。その当たり前の事実を受け入れられる柔軟性を子どもは持っています」と畠中好野園長(66)。園には左腕に障害がある子もいるが、両手が必要になる場面では自然に周りの園児がサポートしているという。

 市立志楽小学校でも全校集会で朗読し、絵本に込められた思いも説明している。村川広美校長(58)は「最初に子どもの心にどんな印象を与えるか。それが、その後の考え方、生き方にも大きく関わってくる」と話す。

 ある日、校庭で遊ぶ児童に「将来は何になりたい?」と尋ねると、6年生の女児から「将来はハンディキャップを抱える人を助ける仕事がしたい」という答えが返ってきた。近所なのに存在も知らなかったみずなぎ学園を訪ね、「絵本をありがとう」とお礼を伝えた児童たちもいた。

 村川校長は、こう考える。

 「子どもには、まだ事件の背景まで理解できないかもしれない。ただ、どんな人にも命があり、そのすべてが大切なんだと伝えていく『種まき』は大事。どんな花が、いつ咲くのか。それはわからないけど、子どもが知らないことを知る機会は大切にしたい」

 今後は、学園と交流する機会をつくろうと思っている。

 ■優生思想、向き合う講座

 6月10日、北海道江別市札幌学院大学で、やまゆり園事件を考える公開講座が開かれた。5月から7月まで15回にわたる連続講座の一環で、学生や市民ら約60人が参加。骨が折れやすい障害で車いすを利用している安積遊歩(あさかゆうほ)さん(61)が講師を務めた。

 テーマは、人の命に優劣をつける「優生思想」。安積さんは、自らの半生を語った。

 重い障害のある人は医学の実験台になるほか存在価値はない――。中学生時代の弁論大会で、こんな趣旨の発表をしようとして、教師に叱責(しっせき)された。「施設の暮らしで追い詰められ、私たちは迷惑な存在で死ぬべきであると本気で思わされるようになっていった」と振り返る。

 そして、参加者に「あなたが障害者になるとしたら、どんな障害になりたいか」と問いかけた。心の中に潜む意識と向き合おうとする試みだ。

 選択肢は「重複障害」「知的障害」「聴覚障害」「視覚障害」「車いす使用者」の五つ。安積さんは「ばかげているとか、考えたくないとか、いろいろな気持ちがあると思う。でも、それが優生思想の始まりです」と解説した。

 参加者は選んだ障害ごとにテーブルにわかれ、互いの話を聞きあった。「知的障害」を選んだ大学生は、「興味のあることに打ち込める発達障害の弟が大好きで選んだ」と説明した。一方で、「『この障害より、この障害の方がまし』とランク付けをしてしまう。これは優生思想なのか」と戸惑う声もあった。

 安積さんは「みな何もできない赤ちゃんとして生まれ、要介護や認知症の高齢者になって死んでいく。人生の一時期だけ『障害のない人』であるに過ぎない」と強調し、こう呼びかける。

 「障害を持つことへの想像を閉ざさず、心の奥底にある優生思想を見つめてほしい」

 (中井なつみ、編集委員・清川卓史)

    ◇

 「やまゆり園事件が残したもの」は3回にわたって連載します。あすの(中)は、知的障害の人が働くパン屋さんからのメッセージを紹介します。
    −−「やまゆり園事件が残したもの:上 障害・差別――私は伝えたい」、『朝日新聞』2017年07月24日(月)付。

        • -


http://www.asahi.com/articles/DA3S13052537.html





Resize9015

Resize8041