日記:体当たりという戦法は、天皇陛下の命令として出してはいけない、と上は判断した


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 岩本隊長には、別の苦悩があった。
 陸軍の組織としては、岩本隊長が率いるのだから、『岩本隊』が正式に編成されるのが通常のことだ。そして、特別の攻撃なので『万朶隊』という呼び名が例外として付くという順序だ。ところが、万朶隊全員は、個人としてフィリピンの第四航空軍に配属されることになっていた。このままだと、岩本隊長の下、全員が体当たりをしても、陸軍の正式な記録としては岩本隊ではなく、個人がしたことになるのだ。
 岩本隊長は、これが納得できなかった。
 昨晩からずっと考えてきた結論としては、公式な編成命令によって、『岩本隊』を作っては都合が悪いと上層部は思っている、ということだった。部隊の公式な編成命令は、天皇陛下の名によって出される。つまり、体当たりという戦法は、天皇陛下の命令として出してはいけない、と上は判断したとしか考えられないのだ。天皇陛下が体当たり攻撃のための部隊を編成されるようなことがあってはならない、ということだ。
 けれど、実際に戦場に行けば、全員は部隊として行動する。そして戦死する。その時、陸軍の制式編成記録には、万朶隊の名も岩本隊の名も残らない。ただ、第四航空軍所属の個人の名前が残されるだけだ。
 岩本大尉は、この「巧妙な仕掛け」にどうしても納得ができなかった。
    −−鴻上尚史『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』講談社現代新書、2017年、50−51頁。

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覚え書:「書評:西南戦争 民衆の記 長野浩典 著」、『東京新聞』2018年02月18日(日)付。


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西南戦争 民衆の記 長野浩典 著

2018年2月18日

◆板挟みになる人々の惨禍
[評者]浦辺登=歴史作家
 タイトルに「民衆の記」とあるように、本書は西南戦争での民衆の姿を述べた稀有(けう)な内容。九州を北上する西郷軍、南下する政府軍。その挟み撃ちに遭った庶民は家を焼かれ、田畑を荒らされ、食物は徴発された。農繁期、農閑期にかかわらず、庶民は両軍に使役された。威嚇を伴う命令の下、拒絶は死、もしくは刑罰を意味する。

 狂気、動員、災難、見世物、商魂、農民一揆感染症、戦災復興など、全十章すべて、民衆が受けた災禍で満ちている。印象的なのは、戦死体を一個の物として見ている女性のスケッチ画。人間の脳は、恐怖から逃れるため、自身の感覚すらマヒさせてしまう。この一枚の絵に戦慄(せんりつ)を覚える。

 悲惨な環境下の庶民だが、わずかながら快哉(かいさい)を叫ぶのは、第五、六、七章だ。庶民は怖いもの見たさで戦場に出かけ、千載一遇の商機を逃さず、農民一揆にも便乗する。戦争の大義など、どこ吹く風。実に、したたか。

 本書を読み進みながら、アメリカの南北戦争、幕末の戊辰戦争を思い出した。勝者は敗者に対して圧力を加え、敗者は勝者に恨みを抱き続ける。洋の東西、邦人異邦人の別なく、戦争は人間社会に禍根を残す。このことは、西南戦争でも同じ。西郷軍、政府軍に翻弄(ほんろう)された庶民は、長い年月を経た今でも、複雑なしこりを抱えている。

 著者は「民衆側、惨禍を被った戦場の人びとの側から徹底して描いてみる」と本書執筆の目的を主張する。アインシュタインフロイトの対話を引用して人間の本質に迫り、庶民という大多数の視点から、戦争の本質を探ろうと試みた。

 西南戦争とは、いったい何だったのか。いまだ腑(ふ)に落ちる戦記を目にしない。その背景には、戦略、戦術からだけで戦争を解説してきたことがあるのではないだろうか。庶民の視点が加えられた本書は、人類が経験したすべての戦争について見直しを迫り、再評価の方法を示している。

弦書房・2376円)

<ながの・ひろのり> 1960年生まれ。高校教諭。著書『ある村の幕末・明治』など。

◆もう1冊
 松本清張著『西郷札』(新潮文庫)。西南戦争薩軍が発行した軍票西郷札」に材を取った表題作など十二篇の時代小説集。
    −−「書評:西南戦争 民衆の記 長野浩典 著」、『東京新聞』2018年02月18日(日)付。

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東京新聞:西南戦争 民衆の記 長野浩典 著:Chunichi/Tokyo Bookweb(TOKYO Web)






西南戦争 民衆の記《大義と破壊》
長野 浩典
弦書房 (2018-01-20)
売り上げランキング: 99,025

覚え書:「【書く人】圧力に負けぬ生き方 『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』 作家・演出家 鴻上尚史さん(59)」、『東京新聞』2018年02月25日(日)付。

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【書く人】
圧力に負けぬ生き方 『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』 作家・演出家 鴻上尚史さん(59)

2018年2月25日

 一読して、何よりもその伝えたいという著者の衝動に驚かされた。太平洋戦争で特攻兵として九回出撃し、九回とも生きて帰った人がいる。佐々木友次(ともじ)さん。その生涯をまとめた。

 存在を知ったのはあるノンフィクションのわずかな記述がきっかけ。「こんな日本人がいたのか」。衝撃を受けたが、亡くなっていると思い込んでいた。間違いだったと知るのは六年後の二〇一五年。旧知のテレビ局プロデューサーの取材により札幌で入院していることが分かった。

 アポも入れずに現地へ飛んだ。案の定、転院していた。何とか長男を見つけ出し面会を申し入れる。断られた。それでも再び札幌へ飛んだ。「病室で帰れと言われても良かった。とにかく会いたかった」

 佐々木さんは一九四四年、陸軍の第一回特攻隊に選ばれた。だが、敵艦への体当たりを拒み、爆撃を試み続けた。参謀は「必ず死んでこい」と激怒した。やがて援護も付かず単独で出撃を命じられるように。それでも「死ななくてもいい。死ぬまで何度でも行って、爆弾を命中させます」と、信念を曲げなかった。

 鴻上さんは「日本人とは何かをずっと考えてきた」。前著『「空気」と「世間」』では、空気を読み、忖度(そんたく)する日本社会の宿痾(しゅくあ)を考察した。「佐々木さんはどうして時代の同調圧力にあらがえたのか」

 病室で対面した佐々木さんは取材を受け入れてくれた。翌年九十二歳で亡くなるまで計五回話を聞いた。並行して文献を読みあさり、命令した側が「統率の外道」と認識しながらずるずると続いた特攻の実像まで踏み込んだのが本書だ。

 その取材を通じ「佐々木さんは今の日本人の希望になるんじゃないか」と痛感した。問題があると気づきながら、周りの顔色をうかがって、何も言い出せない。与えられたものを甘んじて受け入れるのが美徳。そんな日本社会でもがいている人は、会社にも教室にもたくさんいるはずだ、と。

 本書に先立ち、昨年八月に『青空に飛ぶ』という小説を刊行した。いじめに苦しむ中学生が、佐々木さんと出会うことで立ち向かう勇気を手に入れる。二本立てでの執筆を試みたのは「少しでもたくさんの人に佐々木さんを知ってほしいと思ったからです」。

 講談社現代新書・九五〇円。 (森本智之)
    −−「【書く人】圧力に負けぬ生き方 『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』 作家・演出家 鴻上尚史さん(59)」、『東京新聞』2018年02月25日(日)付。

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覚え書:「【東京エンタメ堂書店】こんな世界があったなんて… PTA」、『東京新聞』2018年01月29日(日)付。

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【東京エンタメ堂書店】
こんな世界があったなんて… PTA

2018年1月29日

 こんな世界があったなんて。昨年四月に初めて子どもの小学校のPTA役員を引き受けたところ、聞いていた以上の忙しさと、そこで交わされる会話の昼ドラ並みの激しさに、開始二週間でノックアウトされました。あなたもPTAの世界をのぞいてみませんか。(生活部・今川綾音)

 うっかり引き受けてしまった役員。正直、ルポ記事にでもしなければやっていられないと思うほどの物理的・精神的負担です。ただ、自分の体験を記事にするのはまだ早いと感じます。あまりにも生々しすぎるからです。

 PTAは、それぞれの学校にある、P(ペアレント=保護者)とT(ティーチャー=教職員)の組織。小学校のPTA会長を3年間務めた体験を『ある日うっかりPTA』(KADOKAWA、1404円)に赤裸々につづった書評家の杉江松恋(まつこい)さんも、出版まで6年間の冷却期間を置いています。「エピソードもせりふもほぼ実話。もめている時の話もそのまま書いてしまったので、人間関係を考えるとこのタイミングでよかった」と振り返っています。

 この本で書いているのは、突然の電話で会長就任を打診され、「その金髪、黒く染めていただけませんか?」と言われて一度は断りながらも「うっかり」引き受けてしまった経緯。「息切れしないPTA」を目指して着手した、一部業務のシルバー人材センターへの委託や、会長3年目に起きた役員同士の感情の衝突とその対応。よくもまあ、ここまで包み隠さず…と心配になりましたが、登場人物は仮名と知り、ほっとしました。

 加納朋子著『七人の敵がいる』(集英社文庫、670円)は、フルタイムで働く女性が主人公の小説です。子の小学校入学をきっかけにPTAや子供会への参加を求められ、周囲と衝突しながら突き進む6年を描きます。主人公の陽子は「役員なんて専業主婦でなければ無理では?」と保護者会で言い放ち、多くの親を敵に回してしまいます。

 兼業主婦と専業主婦。両者を色分けする無意味さも含め、この小説は母親の抱えるもやもやを刺激します。少し過激だけれど、陽子が発する言葉にスッとする人も多いのではないでしょうか。ラスボス(最後のボス)ともいえる女性PTA会長との対決シーン、それに続く後日談もさわやかな後味です。

 体験談でイロハを学び、小説でスッキリした後には現実が待っています。大塚玲子著『PTAがやっぱりコワい人のための本』(太郎次郎社エディタス、1620円)には、保護者の対立の泥沼化を避ける方法や活動の断捨離術など、具体的なノウハウが紹介されています。

 専業主婦を主な担い手としていた頃の活動は時代遅れだと、改革の動きも出ています。毎日新聞の記者でもある山本浩資(こうすけ)さんが、完全なボランティア制に小学校PTAを生まれ変わらせた『PTA、やらなきゃダメですか?』(小学館新書、821円)には、変えていくためのヒントが詰まっています。

 ヘルシンキ大非常勤教授・岩竹美加子さんは、また別の角度からPTAの在り方に疑問を呈しています。著書『PTAという国家装置』(青弓社、2160円)では、PTAの成り立ちについて、これまで語られてこなかった戦前の「大日本連合婦人会」や「母の会」とのつながりを指摘。「子を臣民として錬成するために母の奉仕と修養を求めた天皇制国家の制度を、なぜ今も続ける必要があるのか」と問い掛けます。
    −−「【東京エンタメ堂書店】こんな世界があったなんて… PTA」、『東京新聞』2018年01月29日(日)付。

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東京新聞:こんな世界があったなんて… PTA:Chunichi/Tokyo Bookweb(TOKYO Web)


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覚え書:「社説 衆院選 森友・加計 「丁寧な説明」どこへ」、『朝日新聞』2017年10月06日(金)付。

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社説 衆院選 森友・加計 「丁寧な説明」どこへ
2017年10月6日

 「謙虚に丁寧に、国民の負託に応えるために全力を尽くす」

 安倍首相は8月の内閣改造後、森友・加計学園の問題で不信を招いたと国民に陳謝した。

 だがその後の行動は、謙虚さからも丁寧さからも縁遠い。

 象徴的なのは、憲法53条に基づく野党の臨時国会の召集要求を、3カ月もたなざらしにしたあげく、一切の審議もせぬまま衆院解散の挙に出たことだ。

 首相やその妻に近い人に便宜を図るために、行政がゆがめられたのではないか。森友・加計問題がまず問うのは、行政の公平性、公正性である。

 もう一つ問われているのは、「丁寧な説明」を口では約束しながら、いっこうに実行しない首相の姿勢だ。

 安倍首相は7月の東京都議選での自民党惨敗を受け、衆参両院の閉会中審査に出席した。

 そして、この場の質疑で疑問はさらに膨らんだ。

 たとえば、加計学園による愛媛県今治市の国家戦略特区での獣医学部の新設計画を、ことし1月20日まで知らなかった、という首相の答弁である。

 首相は、同市の計画は2年前から知っていたが、事業者が加計学園に決まったと知ったのは決定当日の「1月20日の諮問会議の直前」だと述べた。

 だが、県と市は10年前から加計学園による学部新設を訴えており、関係者の間では「今治=加計」は共通認識だった。

 さらに農林水産相と地方創生相は、昨年8〜9月に加計孝太郎理事長から直接、話を聞いていた。加計氏と頻繁にゴルフや会食をする首相だけは耳にしていなかったのか。

 首相の説明は不自然さがぬぐえない。

 朝日新聞の9月の世論調査でも、森友・加計問題のこれまでの首相の説明が「十分でない」が79%に達している。

 それでも首相は説明責任を果たしたと言いたいようだ。9月の解散表明の記者会見では「私自身、丁寧な説明を積み重ねてきた。今後ともその考えに変わりはない」と繰り返した。

 ならばなぜ、選挙戦より丁寧な議論ができる国会召集を拒んだのか。「疑惑隠し解散」との批判にどう反論するのか。

 首相は「国民の皆さんにご説明をしながら選挙を行う」ともいう。けれど解散後の街頭演説で、この問題を語らない。

 首相は「総選挙は私自身への信任を問うもの」とも付け加えた。与党が勝てば、問題は一件落着と言いたいのだろうか。

 説明責任に背を向ける首相の政治姿勢こそ、選挙の争点だ。
    −−「社説 衆院選 森友・加計 「丁寧な説明」どこへ」、『朝日新聞』2017年10月06日(金)付。

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(社説)衆院選 森友・加計 「丁寧な説明」どこへ:朝日新聞デジタル