覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 尊厳損なう『雑居特養』 大熊由紀子」、『毎日新聞』2011年11月11日(金)付。

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くらしの明日 私の社会保障論 尊厳損なう『雑居特養』
大熊由紀子 国際医療福祉大大学院教授

地方分権でサービス低下
 「地方分権とは、国のナショナルミニマム(国民生活の最低基準)を上回る『シビルミニマム』(市民生活水準)を自治体が実現することにあるのではないでしょうか? 自治体は居室定員1人という国の特別養護老人ホームの基準を守り、尊厳ある暮らしを保証すべきです」
 4人部屋新設の動きに反対して6日、「特養ホームを良くする市民の会が発表した共同声明の一節です。
 「雑居部屋で老いたくない」という社説を朝日新聞に書いたのは88年のことでした。日本住宅会議の白書も当時、こう分析していました。
 「1人きりになれる部屋が全くないのはつらい。一時的に入院する病室や旅行中の相部屋ではない。永く住むところなのだ」と。
 ところが、特養の経営者からは猛反撃されました。
 「雑居などと人聞きの悪い言葉は使わないでほしい。相部屋の方が和気あいあいとして日本の老人の人情や文化にあっている」というのです。


 孤立無援の私に99年、強い味方が現れました。京大教授の故・外山義さんです。
6人部屋を個室+だんらん室に建て替えた特養ホームのお年寄りが、その前と後とで、どう変わったかを、綿密に比較研究して「和気あいあい神話」を覆したのです。
 15人の学生が、朝7時から夜7時まで、誰と誰がどのような会話を交わしたか1分ごとに記録しました。10室中会話の全くなかった部屋が3室、1〜2回が4室。会話があっても、「あんたがとったんではないか」といったトラブルでした。
 「どちらを向いて、何をしているか」も観察しました。大半が他の人と視線があわないように背を向ける姿勢をとっていました。
 そして、改築後、お年寄りは驚くほど変化しました。口から食べる人が増え、食べ残しも半分に減りました。トイレの自立も進み、ベッドから離れ、互いの部屋を訪問するようになりました。何より、笑顔と会話が増えたのです。
 厚生労働省はこの結果を基に「03年以後は、個室とだんらんの部屋を組み合わせた小規模生活単位型特別養護老人ホーム、通称ユニットケアのみの建設を許可する」という政策転換に踏み切りました。
 ところが、民主党政権になるや、時計の針が逆にまわり始めました。地方に権限を移す地域主権改革推進一括法を盾に雑居部屋を新設しようという自治体の動きです。その先頭を切っているのが、かつてシビルミニマムを提唱した東京都なのが情けなく、撤回を求めたいと思います。

言葉 低所得者の居住費負担
 雑居の特養を新設する自治体の大義名分は、「低所得者が個室の自己負担分を払えないから」というもの。だが、生活保護の人は国の減免制度の改正により入居が可能となった。非課税世帯については、たとえば横浜市は、一定の収入・資産以下の費とに独自に助成し、月2万円から4万円の居住費負担で入居できるようにしている。
    −−「くらしの明日 私の社会保障論 尊厳損なう『雑居特養』 大熊由紀子」、『毎日新聞』2011年11月11日(金)付。

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⇒ ココログ版 覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 尊厳損なう『雑居特養』 大熊由紀子」、『毎日新聞』2011年11月11日(金)付。: Essais d'herméneutique



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