覚え書:「ポーランド:ナチス戦犯捜査再開 犠牲者証言、今も」、『毎日新聞』2011年12月5日(月)付。

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ポーランドナチス戦犯捜査再開 犠牲者証言、今も

 第二次大戦中、ナチス・ドイツによるホロコーストユダヤ人大量虐殺)の主な舞台となったポーランドで、今年10月末からナチスとその協力者の犯罪を暴く捜査が再開された。戦後66年を経て多くの関係者が世を去り、記憶の風化も進む中、歴史の検証には多くの難題が立ちふさがる。【クラクフオシフィエンチムポーランド南部)で樋口直樹】

 「今も犠牲者の証言は続いています。これは今日届いたものです」。ナチスと旧共産政権による犯罪捜査を行う国家記憶院のクラクフ支局。グラムザ検察官が示した真新しい証言書は、1940年6月14日にアウシュビッツへ移送された90歳代半ばの元「政治犯」のものだった。しっかりした筆跡の手紙には、当時の様子を示す地図も添えられていた。

「やぶ蛇」懸念
 第二次大戦でドイツに占領されたポーランドでは、ソ連軍による45年の解放前後からナチスの戦犯捜査が始まった。だが、東西冷戦時代の捜査は難航した。西側へ逃げ込んだ戦犯の追及が事実上不可能だったうえ、ポーランドの独裁的な共産政権にとってナチス時代の戦犯追及は「やぶ蛇」になりかねなかったからだ。56年には特赦で大量のナチ戦犯も釈放され、「捜査に重大な支障をきたした」(グラムザ氏)。
 89年の東欧革命でポーランドソ連のくびきを離れてから11年。国家記憶院は00年に活動を開始した。すでに新憲法が制定され、ナチス戦争犯罪には時効が設けられないことになっていた。
 旧共産政権時代から引き継がれた未処理案件は5000件以上。記憶院は、ドイツ語の指令書をポーランド語に翻訳したり、重複する資料を整理し、証言と照らし合わせたりという膨大な見直し作業に忙殺された。

有罪1件のみ
 結局、01年初めから02年3月末までに48件のナチスの戦犯捜査が行われたが、有罪に持ち込めたのは1件のみ。以後大きな成果はなかったが、「05〜06年にそれまでの資料などから、アウシュビッツクラクフ強制収容所で起きたいくつかの未解決事件が浮かび上がり、今回の再捜査開始につながった」(グラムザ氏)という。
 再捜査は、強制収容所の「実像解明」も目的にしている。例えば、アウシュビッツや隣接するビルケナウ(第2アウシュビッツ)収容所に送られたユダヤ人、少数民族ロマ、ナチスに抵抗したポーランド人「政治犯」などの総数や、150万人と言われる死亡数でさえいまだに諸説があるからだ。
 「戦犯がどれだけ年老いても、我々には捜査を続ける責任があります。強制収容所から生還した人々には、そこで何があったのかを語り、政府にあらゆる努力を払わせるだけの価値があるからです」。グラムザ氏は再捜査の意義をこう締めくくった。

「関係国の意識低く」−−ユダヤ系人権組織関係者
 「ナチ戦犯追及の最大の障害は関係国の意識の低さです」。ユダヤ系人権組織「サイモン・ウィーゼンタール・センター」(本部・米国)で「ナチ・ハンター」として活動し、戦犯との戦いを描いた「Operation Last Chance」の著者でもあるズロフ氏は毎日新聞にこう答える。「高齢化した戦犯が凶悪犯罪に走る可能性は極めて低い。捕まえなくても死ぬのを待てばよいと考えているのです」と言う。
 センターの報告書によると、01〜10年に世界各国で有罪判決を受けたナチスの戦犯は計87人。最も多いのは米国(37人)で、イタリア(35人)、カナダ(6人)、ドイツ(5人)が続く。うちドイツでは昨年3月、オランダでユダヤ人をかくまった民間人ら3人を殺害した罪で、当時88歳の元ナチス親衛隊員が終身刑を言い渡された。
 大戦中、欧州でも東と西では「反ユダヤ主義」の強弱によって迫害に違いがあった。ズロフ氏は「ドイツ占領下の西欧ではナチスの協力者がユダヤ人を追い立て財産を奪ったが、東欧では協力者が積極的にユダヤ人を殺害した」と指摘。東欧ではこうした負い目も「歴史の真実」から目を背けることにつながったと分析する。また、東欧では89年の民主化後、ナチスよりもむしろ旧共産政権の罪を裁くことに多くの労力がつぎ込まれる傾向が強かった。

ことば ホロコースト ナチス・ドイツによるユダヤ人大量虐殺。犠牲者数には諸説あるが、通説では欧州各地で600万人以上が組織的、計画的に殺害されたと言われる。このうちポーランド南部のアウシュビッツ・ビルケナウ強制収容所では、ユダヤ人を密室に閉じ込め毒ガスで殺害する手段がとられた。欧州やロシアでは古くから、宗教や文化の違いなどからユダヤ人を差別する風潮が強く、アーリア人優越論を掲げるナチスにとって格好の攻撃対象になった。
    −−「ポーランドナチス戦犯捜査再開 犠牲者証言、今も」、『毎日新聞』2011年12月5日(月)付。

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 http://mainichi.jp/select/world/archive/news/2011/12/05/20111205ddm012030022000c.html


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