覚え書:「異論反論 オウム平田容疑者が出頭しました 今なおよりどころない社会 寄稿=雨宮処凛」、『毎日新聞』2012年2月1日(水)付。




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異論反論 オウム平田容疑者が出頭しました
今なおよりどころない社会
寄稿 雨宮処凛

 オウム真理教による地下鉄サリン事件から、今年で17年になる。そんな年明け、「平田信容疑者出頭」というニュースが日本を駆け抜けた。
 17年に及ぶ逃亡生活の果ての大みそかの出頭。昨年は事件から16年を経てオウム事件の全公判が終結したところだった。13人が死刑を言い渡され、事件が裁判の上では「決着」を見たところで不意に姿を現した逃亡犯。警察の対応が批判される一方、同居していた女性も逮捕されたが、逃亡生活は謎に包まれている。
 また、23日には公安審査委員会が、オウムから分派した「アレフ」と「ひかりの輪」への観察処分を更新することを決定した。
 サリン事件が起きた1995年、私は20歳だった。史上最悪の無差別テロ事件を起こしたオウムはしかし、存在そのものがこの国のあり方に疑問を投げつけるものだった。
 出家信者の多くが高学歴の若者たち。物質主義や拝金主義など、戦後日本を下支えしてきた価値観の批判。バブル崩壊から数年後のこの国は、大きな岐路に立たされていた。それまでの右肩上がりの成長がストップし、一億層中流という言葉が崩れ始めたころ。いわば、「どうすれば幸せになれるのか」がわからなくなった時代の幕開けだ。

宗教持たない日本人
自殺問題と深い関係
 オウムの存在は、この国の多くの人の心をさわつかせた。当時、若者たちと集まれば、必ずオウムの話になった。サリン事件は許しがたいとしながらも、「自分たちには彼らを否定するだけの何があるのだろうか」と必ず誰かが言うのだった。突き詰めれば「より多くの利益を生み出す者だけに価値がある」というこの社会で、どうすれば「生きる意味」や「生きる価値」を得られるのか。若者らしい問いでありながらも、非常に宗教的・哲学的な問いである。
 あれから、17年。「どうすれば幸せになれるのか」は、まずます不透明になっている。「安定した職」を求めての競争は激化し、増え続ける貧困層と大企業の内部留保は、あらゆる矛盾を突きつける。そうして年間の自殺者数は14年連続で3万人を超えている。
 オウムの事件によって新興宗教へのアレルギーは強まったものの、一方で、この国の多くの人はよりどころとすべき宗教を持たないという事実がある。そのことと自殺の問題は、実は深い関係があるように思うのは私だけだろうか。また、ここ数年、若い女性を中心としたスピリチュアルブームがあるものの、その背景には働く女性の半分以上が非正規雇用、単身女性の3割以上が貧困という厳しい現実も見え隠れする。
 オウム事件から17年。あの頃、オウム幹部を追いかけていた「上祐ギャル」たちは今、少しは生きやすくなっているのだろうか。

あまみや・かりん 作家。1975年生まれ。反貧困ネットワーク副代表なども務める。著書に「14歳からの原発問題」など。「2月11日に福島大で開かれる『反貧困フェスタ2012inふくしま』に出ます。福島現地で『復興』を考えるイベントです」
    −−「異論反論 オウム平田容疑者が出頭しました 今なおよりどころない社会 寄稿=雨宮処凛」、『毎日新聞』2012年2月1日(水)付。

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