覚え書:「今週の本棚:海部宣男・評 『地球全史−−写真が語る46億年の奇跡』=写真・白尾元理、解説・清川昌一」、『毎日新聞』2012年4月1日(日)付。


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今週の本棚:海部宣男・評 『地球全史−−写真が語る46億年の奇跡』=写真・白尾元理、解説・清川昌一


 (岩波書店・4620円)

 ◇はるかな時を刻む私たちの大地
 文学や映画であまりにも有名な、ドーバーの白い崖。本当に真っ白く、そして巨大にそそり立つ写真に息をのむ。きめが細かくて古くから白墨として使われたチョークは、日本語では白亜、つまり「白い土」である。元来、このドーバーの崖を作る白い物質のことなのだ。

 九千万年前の中生代白亜紀は、今より十℃も気温が高い大変な温暖期だった。海面は二百五十メートルも上にあって陸地は今の半分しかなく、広い遠浅の海に囲まれていたという。その海ではびこったのが、暖かい気候に適した微細な原生動物・円石藻(えんせきそう)だ。膨大に積もり積もったその石灰質の殻がすなわち、チョーク。「白亜紀」の名も、これから付けられた。

 地球の全歴史で起こった事件の痕跡をたどって世界中を撮り歩いた、これは世界初という地球史のアルバムだ。それも、写真集『日本列島の20億年』をかつて世に問うた、練達の写真家によるもの。

 ドーバーの崖ならその下で昔をしのぶことも出来るのだが、私たちの大祖先たる三十五億年前の単細胞生物の微化石が見つかるというチャイナマンクリークは西オーストラリアの乾燥地域にあって、簡単には行けそうにない。いっぽう、カンブリア紀の進化大爆発を語る美しい化石が出るカナダのバージェス頁岩(けつがん)層や、平たい葉っぱのようなエディアカラ動物群がうようよ一面に覆うニューファンドランド島の岩壁へは、ガイド付きツアーもあるそうな。そんな行き方や緯度経度も含めた「撮影地情報」付きである。

 一つ一つの写真は美しく、風景としても楽しめる。その中に、巨大な恐竜の足跡が点々と続いてゆくのが見えたりする。見事な和染めのようなパターンの巨大な岩脈が、二十億年昔に衝突した巨大隕石(いんせき)が残した大規模な溶融岩層だと説明され、心ははるかな時を超えて漂う。

 エジプトの砂漠に孤独に横たわる、化石のクジラ。今も成長を続けていることを示す、ヒマラヤやアルプスの急峻(きゅうしゅん)な山岳。地球の奥深くからマグマが湧き出してプレートを生みだしている現場・アイスランドでは、南北に裂く幾筋もの大地の割れ目が不気味である。しかしその生々しい割れ目の中をなんと道が通り、車が走り、家さえも見える。そのアンバランス。いや、そうではない。地球の時間と人間の時間とは、ケタが違うのだ。そして最後の写真では、東日本大震災で地球がまた少し動いた事実が告げられる。

 写真の解説に加えて、巻末には四十ページにわたる詳しい解説がある。四十六億年の地球史・生物進化史研究の最前線を具体的に語る、新鮮な総説である。地球という惑星が初期の高温状態から冷えながら、その表面で絶え間ない活動を引き起こしてきたこと。地表面の変化は必然的に大きな気候の変化を伴い、そして生物進化に甚大な影響を及ぼしてきたこと。地球のダイナミックな息遣い、その地球とともに歩んだ地球生物の足取りが伝わってくる。この解説を読んでから写真をもう一度眺めてみれば、身近な地形の一つ一つにも地球の歴史が刻まれていることが実感されるだろう。

 白亜紀は、恐竜が絶滅した隕石衝突事件で幕を閉じる。その事件を今に伝える黒い地層は世界各地にあるが、この写真集は隕石衝突説の提唱者アルバレス父子がイリジウムの異常濃集から隕石衝突の証拠とした、有名な粘土層を示す。イタリア・グッビオにあり、この記念碑的発見を示す説明板が立っている。

 地球史・生物進化史の広大な時空に遊べる写真集である。
    −−「今週の本棚:海部宣男・評 『地球全史−−写真が語る46億年の奇跡』=写真・白尾元理、解説・清川昌一」、『毎日新聞』2012年4月1日(日)付。

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