覚え書:「論点 社会に出る君へ 堂々と間違える勇気を 寄稿 雨宮処凛 作家」、『毎日新聞』2012年4月1日(日)付。



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論点 社会に出る君へ
堂々と間違える勇気を
寄稿 雨宮処凛 作家

 考えてみれば、私は一度もマトモに「就職」というものをしたことがない。美大を2浪して受験をあきらめ、フリーターとなり、25歳で作家デビューした。そんな私が新社会人に贈れる言葉などあるだろうかという疑問が浮かぶが、一応12年、「物を書く」ことだけで食べてきた人間からの言葉に、ほんの少しでも不安が薄れれば、うれしい。
 さて、これから社会に出る若者たちに届けたいメッセージは、「堂々と間違えろ」ということだ。これは私が生きる上で、信条としている言葉でもある。
 間違える。この言葉は常に否定的なニュアンスで語られる。私自身も小さな頃から「間違えるな」と言われてきたし、学校でも仕事でもそれは「失敗」と同義に語られる。「人生」においてもとにかく「間違えないように」ということばかり強調される時代だ。しかし、先行き不透明な今、一体誰が「正解」を知っているのだろうか。今、私たちが目にしているのは、この国でずっと信じられてきた「正解」が不正解となり、そしてどの間違いがある日突然「正解」に化けるのか、誰にも予想がつかないという地平だ。
 正解は常に一つしかない。しかし間違いには無数のバリエーションがある。そしてあまりにも堂々と間違えると、それは時にそれなりの成功以上の結果を生み出す。間違いが化学変化を起こすのだ。
 草食系、冒険をしない、内向き。現だの若者を語る時によく使われる言葉だ。しかし、それは右肩下がりの中、「一度の間違いが取り返しのつかないことになるんだぞ」と言われ続けた結果にすぎない。が、絶対に間違えてはいけない人生は、どうしようもなく生きづらい。だからこそ、新社会人を迎える大人たちに言いたいことがある。それは間違える勇気を持った若者に寛容であってほしいということだ。それは挑戦の結果だからだ。

身を守る方法を知ろう
 若者たちに伝えたいことはまだある。中には、新卒で入った会社がブラック企業なんてこともあるだろう。また、非正社員として社会人デビューする人も多いだろう。が、どんな働き方だろうとも、自分の身を守る方法は絶対に知っておいた方がいい。「うちの会社はこれが当たり前」と言われても、会社の常識は時に世間の非常識だ。「おかしいな」と思いつつも判断に迷ったら、「合法か違法か」で判断すればいい。残業代の未払いは違法だし、即日解雇も違法だ。労働問題の相談窓口はたくさんあるし、弁護士による無料の電話相談だってある。そんな情報を、いざという時のために集めておくに越したことはない。
 もう一つ、言っておきたいのは、企業社会とは別の価値観の場をもつべしということだ。結局、企業の目的は営利活動なのだから、より多くの利益を生み出す者がもっとも偉いことになる。しかし、それは企業の中だけの話。できればものすごく非生産的な趣味の人間関係をもつなど、正反対の価値観の場を用意しておくといい。貧乏で役立たずであればあるほど尊敬されるような場があれば一番いいだろう。いざという時、その場はあなたの命を救ってくれるかもしれない。

金もうけのためだけでなく
 最後に。私たちは、たかが金もうけのために生まれてきたわけではない。会いたい人に会い、時に大間違いをやらかし、日々を面白おかしく過ごすために生まれてきたのだ。
あまみや・かりん 1975年生まれ。00年、「生き地獄天国」でデビュー。近著に「14歳からの原発問題」など。反貧困ネットワーク副代表も務める。
    −−「論点 社会に出る君へ 堂々と間違える勇気を 寄稿 雨宮処凛 作家」、『毎日新聞』2012年4月1日(日)付。

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