覚え書:「時代の風:『ソマリア化』する世界=仏経済学者・思想家、ジャック・アタリ」、『毎日新聞』2012年04月22日(日)付。



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時代の風:「ソマリア化」する世界=仏経済学者・思想家、ジャック・アタリ


 ◇政治の力で市場制御を−−ジャック・アタリ(Jacques Attali)
 民主主義を伴わない市場のグローバル化(地球規模化)は「ルールのない世界」を生む。無政府状態が15年間も続くソマリアを想起してほしい。市場だけのグローバル化は「ソマリア化」と呼ぶことができる。そして私たちは今、どちらかというと、ソマリア化する世界の中にいるのだ。
 グローバル資本主義はグローバルにしか制御できない。地球規模で制御と監視にあたる手段が必要だが、世界的なルールを決めるのは難しい。ルールを適用しようとすると、拒否する国が出てきて失敗するからだ。例えば、模倣品・海賊版拡散防止条約(ACTA)の交渉を見ても、中国やインド、アフリカ諸国が反対する一方、推進する国々は密室での交渉を進めてきた。合意に至るのは困難だ。
 市場は世界規模に拡大しているのに対して、国家は「国」の枠組みの中にとどまったままだ。グローバル経済に対応するには、法の支配を地球規模にまで拡大することだ。とてもユートピア的ではあるが、必要なことだと思う。
 (第二次大戦後の)1945年に設立された国連は長年、米国とソ連が率いる東西両陣営が対立してきたせいで、うまく機能してこなかったが、今なら、力を発揮することができる。そのためには、国連を効率化しなければならない。安全保障理事会と主要20カ国・地域(G20)を一体化し、国際通貨基金IMF)の常設機関である国際通貨金融委員会を加えるのはどうだろう。そうすれば安保理は本当の権限を持つことになる。
 そして、(東西対立の冷戦構造の崩壊に伴う)ソ連ワルシャワ条約機構の解体で存在意義を失った北大西洋条約機構NATO)を国連軍に改編して、国連の指揮下に置く。日本、中国、ロシアをNATOに加盟させるべきだ。法の支配を世界に広げるには、世界警察としてのNATOが必要だからだ。
 国家が自国の領土しか制御しないのであれば、何も制御していないのと同じだ。米国は北米自由貿易協定(NAFTA)によって地域統合の場を作り始めた。欧州統合も進んでいる。アジアで地域統合が進まないのは、アジアの弱点でもある。
 欧州連合(EU)は「世界政府がどのような機関になるのか」という実験でもある。その意味で、EUが成功することは非常に重要なのだ。欧州が失敗すれば誰も成功できない。だが、EUが資金を調達し、投資し、徴税する権限を持つ連邦にならない限り、ユーロは5年以内に姿を消すと考えている。歴史上、ある「国」の通貨でない通貨が長続きした例はないからだ。
 最も重要かつ難しい問題は「民主主義と時間をいかに歩み寄らせるか」だ。市場の決定は民主国家の決定よりずっと早いので、当然、市場の勝ちとなる。だが、政治が市場に歩調を合わせてはいけない。そうではなくて、一定期間は政権が交代しない制度を作ることが必要だ。
 強大な権限を持つ民主国家は可能だ。例えばフランスの大統領がそうだ。(サルコジ)大統領がどれほど人気がなくとも5年間は任期が保障され、誰も交代させることができない。米国の大統領も4年間は辞めさせることができない。これに対して、日本やドイツ、イタリアが非常に脆弱(ぜいじゃく)なのは、政権をいつでも追い払うことができるからだ。
 民主的で強権的な政権ならば時間を味方に付けることができる。(国民の痛みを伴う政策を実行し)一時的に不人気になることが許されるからだ。政権が物事を成し遂げるためには、「一時的に不人気になってもいい」ということが必要なのだ。政権が5年間の任期が満了した時に依然として人気がないままなら、交代させられる。
 日本の大きな弱点は首相が非常に頻繁に代わる制度にある。日本の首相は優れている場合が多いが、長期的な計画を立てるにはあまりにも在任期間が短すぎる。日本にとって望ましいのは、政権に就いたら5年間は任期が保障される制度にすることだ。
 資源の乏しい日本がバイオテクノロジーやロボット技術、ナノテクノロジーで世界一の座に上り詰めたのは、かつて長期的なビジョンを持っていたからだ。しかし、日本は短期的な利益を目指すようになりつつある。私は菅直人前首相と在任中に会い、「2030年の日本を考える委員会」を設置するよう進言し、彼も賛同していた。だが、彼はすでに首相の座にいない。日本は長期的な視点で物事を考えなければいけない。
    −−「時代の風:『ソマリア化』する世界=仏経済学者・思想家、ジャック・アタリ」、『毎日新聞』2012年04月22日(日)付。

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