覚え書:「今週の本棚・この3冊:原発=村田喜代子・選」、『毎日新聞』2012年05月06日(日)付。

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今週の本棚・この3冊:原発村田喜代子・選

 <1>虹のカマクーラ(平石貴樹著/柿谷浩一編『日本原発小説集』所収/水声社/1890円)
 <2>チェルノブイリ原発事故 ある一日の報告(クリスタ・ヴォルフ著、保坂一夫訳/『クリスタ・ヴォルフ選集2』所収/恒文社/2940円)
 <3>風しもの村 貝原浩画文集(貝原浩著/パロル舎/絶版)
 ※<3>は「貝原浩の仕事の会」(090・2904・2518)や一部書店で入手可能(2940円)

 原発に関する本で浮かぶ一冊は、被災地の記録でも原発を生んだ現代の文明論でもなく、一九八三年のすばる文学賞『虹のカマクーラ』だ。二十九年前の作で、まだチェルノブイリ原発事故も起きてない。この小説で見えてくるのは海外から日本に出稼ぎに来る人々の姿だ。そしてこの国のいびつな姿も逆照射される。
 原発労働者は一日に一時間だけ百ドルの高給で働く。雇用期間は一週間。長くは続けられない仕事だ。日本経済の高度成長期、アメリカから原発の仕事に来た黒人の若者が起こす、アベック惨殺事件が描かれる。
 知り合ったタイ人の娘は、東京のライブショウで働いている。実演の相手の客も見物客も、日本人の男たち。二人で遊びに行った鎌倉で、平凡な黒人の若者が憤怒で暴走するまでを、描写も説明もほとんどない、訳文付き英語のセリフで通す。突然絡まれて、「ヘルプ、ヘルプ」と哀願する日本人アベックの男に、若者が言う。
 ヘルプだと、おれたちと話そうとなんてするんじゃねえ! てめえのことばを使っててめえの女をファックしやがれ! おれたちをわずらわすんじゃねえ、タイからも、合衆国からも、誰も連れてくるんじゃねえ、このニホン人やろう!
 日本人が書いた、日本人罵倒の珍しい小説だ。
 二冊めは『チェルノブイリ原発事故 ある一日の報告』女性作家の手になる小説である。この固い邦訳の題名には異議を唱えたいが、中味の文章は放射能に汚染された無残(むざん)な春を、静かな筆圧で語って力がある。事故の同日に別の土地で、弟は脳腫瘍の手術を受けている。その一日の心の記録。弟の容体を思い、放射能の降る山野を憂う。レイチェル・カーソンの『沈黙の春』を想起したが、それは女性科学者の現代文明の告発書で、こちらは女性作家の心象だ。
 三冊めは『風しもの村 貝原浩画文集』。チェルノブイリ事故後、七回以上にわたって放射能危険区域となったベラルーシの風下の一帯をまわり、多くの鉛筆や水彩の絵にまとめた。写真集は多いが、原発画集は珍しく貴重な一冊。鳥のさえずりのない春の凍ったような大地。立ち入り危険区域に戻って暮らす「サマショーロ」(わがままな人)と呼ばれる老人たちの不敵な面構え。同じ運命に遭った人々の風貌は、人種を越えて似ている。そんなことを教えてくれた絵描きは二〇〇五年六月、癌(がん)で逝った。
    −−「今週の本棚・この3冊:原発村田喜代子・選」、『毎日新聞』2012年05月06日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120506ddm015070023000c.html




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