書評:安田浩一『ネットと愛国』(講談社)、『第三文明』2012年8月、第三文明社、92頁。



書評:安田浩一『ネットと愛国』(講談社)、『第三文明』2012年8月、第三文明社、92頁。


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「憎悪に満ちた集団の闇をえぐる」

 インターネットで排外的な言動を展開する「ネット右翼」と呼ばれる人々が結成した「市民保守団体」の一つが「在特会在日特権を許さない市民の会)」である。日本版のネオナチともいうべきこの集団は、在日コリアンや外国人へ侮蔑(ぶべつ)の言葉を浴びせ、暴力も辞さない過激な行動でこの数年注目を集めている。本書は、謎に包まれた在特会の実態を、丹念な取材によって明らかにする労作である。
 容赦(ようしゃ)のないヘイトスピーチを繰り返す背景は何か。本書によれば彼らの「世間に対する挑発」は、歪(ゆが)んだ「承認欲求」に由来する。注目を浴びることで「世間に認めてもらいたい」。弱者を排除することで、社会でうまくいかない憂(う)さを晴らしているのである。そもそも彼らの批判には根拠が全くない。事実の実証確認を無視した、妄想じみた被害者意識に過ぎないことを本書は明らかにする。メンバーの一人は「プライベートな場面で、朝鮮人にヒドイことをされた経験はありません」と語っている。
 在特会に「思想」は存在しないし、その活動は「レイシズム」以外の何ものでもない。言葉の暴力をためらいもなく浴びせるが、しかし、彼らは特異な人々ではない。「『フツー』としか形容する以外にない」「あなたの隣人」なのだ。著者の指摘に留意しつつ、評者は哲学者アーレントの「悪の陳腐(ちんぷ)さ」という言葉を想起した。ユダヤ人大量殺戮(さつりく)を指揮したナチの戦争犯罪人の裁判に臨んだ彼女は、被告人が典型的な極悪人ではなく「普通の人々」であることに注目した。「人の良いオッチャンや、優しそうなオバハンや、礼儀正しい若者の心のなかに潜(ひそ)む小さな憎悪が、在特会をつくりあげ、そして育てている」。
 彼らの罵声(ばせい)と苛立(いらだ)ちの気分は別の世界に実在するのではない。「私のなかに、その芽がないとも限らない」。目を背(そむ)けることのできない戦慄(せんりつ)すべきルポルタージュである。
    −−拙文、安田浩一『ネットと愛国』(講談社)、『第三文明』2012年8月、第三文明社、92頁。

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