混沌からひとつの秩序にむかうと考えるよりも、混沌−秩序−混沌と考えるほうが、私には世界の発展の姿としてうけいれやすい。






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 はみだした部分を内心にもってこの社会を生きていると、政治について、ひとつの立場をとることがあっても、そしていったんひきうけたその立場から去らないとしても、自分と対立する立場のものをその存在する気分になれない。それなりの根拠を見出そうと思い、反対の立場にある人に対して、共感をもつことがある。
 政治とは、現状についてのひとつの決断であり、それは今の状況を計算しつくした上での決断にはなりにくいので、私の判断は、つねに保留のかぎかっこつきである。
 注意したいのは、自分の立場の変更について自覚することであり、その立場の移動を記憶しておくことである。これがむずかしい。今、ふりかえってみて、私にとってもっとも大きな変化が感じられるのは、三十歳前までの、どういうわけかわからないで自分がここに存在しているのだが、この自分の存在はうけいれがたいという感じ方から、自分の存在をうけいれているという状態への移行である。前の段階から自分の内部に今もつづいていてあるのは、今ここにいるとして、いつでも、ここから自分をひきあげる用意をもちたいという価値意識である。
 これは、自分が受けいれているものをふくめて、よい社会の設計図について、いくらかの疑いを保つことへと導く。自分なりのデモクラシーの基礎である。

 固定した理想社会の像をもたないようにすると、よりよい社会は、これまでのまちがいをふりかえることをとおして、方向としてあらわれる。
 そのときにもひとつの方向にしぼるということをさけたい。むしろ、いくつもの枝葉にわかれておいしげってゆく現在と未来とを心におきたい。
 混沌からひとつの秩序にむかうと考えるよりも、混沌−秩序−混沌と考えるほうが、私には世界の発展の姿としてうけいれやすい。
 はじめに言葉(ロゴス)があり、その思想の完全な実現にむかって努力するというふうに、目標を、私にとっても、社会にとっても、さだめたくない。
 はじめに言葉があるという仮説をたてることはできる。それを支持しやすいように、その仮説を解釈しなおすことは今でもできるし、これからもできるだろう。人間の本性の底に人間共通の普遍言語が潜在しているというふうに、また生物の欲望そのものの中に協力の方がふくまれているというように。しかしそう解釈された場合の「はじめに言葉がある」という仮説をすてさるのではなく、私はそれに距離をおきたい。
    −−鶴見俊輔「背教について−−あとがき」、『鶴見俊輔座談 民主主義とは何だろうか』晶文社、1996年、442−444頁。

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冒頭は、哲学者・鶴見俊輔さんが、『民主主義とは何だろうか』のあとがき「背教について」で言及している一文ですが、どうも噛みしめるように読んでしまう。

鶴見さん自身が、少年時代から今に至るまで、体制や社会規範が何であろうと、その存在を「全否定」されてきたのが、その歩みなのですが、ルサンチマンはみじんもない。

それは、自身が弾劾されるなかで感じる「いごこちの悪さ」自体をも、箱庭として相対化すること、否定される「わたし」というルサンチマンを悠々と見下ろす現出するのかも知れない。

もちろん、そのいわれなき「否定」してくださるなにがしかの誤認は否定されてしかるべきでしょうが、問題なのは、完全な「正しさ」だけが「圧倒する」こと、「余白がない」ことには、それがいかように「正しい」ものであったとしても「イデオロギー性」を見抜くという「返す刀」はどこかで持ち合わせておくべきなのだろうと思う。

「そう、あるべきだ」と「理想像」を誰もが、いろんなレベルで持っている。私自身も生活レベルから社会構想におけるまで、なんらかの「それ」をもっている。そのことで「今のわたし」をよりよくしたいからだ。

しかし、それを他者に向けるときには、少し慎重になった方がいいのかもしれない。悪意ではなく、「そうなんだ」と皆がそう思うわけではないし、すり合わせの「手順」を割愛したまま、それが垂れ流されてしまうと、それがいかに「ただしいもの」であったとしても、全体化へと収斂してしまう。

全体性とは何か。

そう、特定のコードへの「調教」に過ぎない。たしかに悪しきそれへの反省と反発は存在する。しかし、光り輝く「善」の御旗は、忸怩たる躊躇を容赦なく「取締」ってもしまう。

ここにどれだけ自覚的に向き合うことができるのか。

私の感じる「いごこちの悪さ」と他者の感じる「いごこちの悪さ」を没価値的に扱うのが「民主主義」だとすれば、まずはそこのすり合わせこそが肝要になってくるのではないか。

最近、手順や手法、形式が「尊重」されないことに、一抹の寂しさを感じてしまう。







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