覚え書:「時代の風 人口問題と国力=ジャック・アタリ」、『毎日新聞』2012年7月1日(日)付。

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時代の風 人口問題と国力=ジャック・アタリ 仏経済学者・思想家

外国人争奪戦の時代に
 世界の国々の人口と国力の間には、歴史上、直接的な関係は見いだせない。人口が多くても経済的には壊滅的な状況の国もあれば、人口は少ないが強大な国もある。18世紀末の中国は世界人口の3分の1を占めていたが、当時、衰退期に入りつつあり、人口の少ない西洋が列強になった。欧州では当時、フランスが最も人口が多かったが、強国は英国とオランダだった。
 今日でも、人口がすくなくても影響力の大きいノルウェーシンガポールのような国もあれば、米国のように人口の多い大国や、インドのように人口は多いがそれほど強大でない国もある。だが、高齢化が進む国々は対策を取らなければ衰退する。ドイツ、ロシア、韓国、日本が当てはまるが、中国もそうだ。一人っ子政策が人口の増加に歯止めをかけたからだ。中国の労働人口は今後、減少していく。
 出生率が下がり、平均余命も延びなくなると、高齢化が進み、経済成長を資金面で支える手段がなくなる。国力を左右する要因は高齢化や平均年齢、さらに、年金制度を維持する資力なのだ。
 選択肢は五つだ。(1)出生率を上げ、子供の数を増やす。フランスの実例だ。(2)比較的少ない人口で安定させる。日本はこの道を選ぶかもしれない。(3)移民受け入れ。米国で非常にうまく機能し、発展に寄与した。(4)女性の労働を増やす。ドイツが取ろうとしている選択だ。(5)ロボットを使う。韓国の選択肢で、日本もその方向に進むかもしれない。
 出生率を上げるフランスの政策は「1940年の戦争に負けたのは出生率が悪かったせいだ」と考えたことに由来する。(第二次大戦が終結した)45年からただちに、フランスは極めて積極的な出生率向上政策を開始した。


 子供のいる女性に資金援助するだけではない。「子供が欲しい」と思った瞬間から子供が成人するまでをカバーする施策だ。子供を預ける保育所を整備し、女性の再就職を支援する。子供が多いほど税金は減り、家族手当が多くなる。女性は出産時には職場を離れるが、数ヶ月後に戻ってくる。出産は障壁ではない。日本は家族手当の改革に取り組まなければならない。
 移民の受け入れではフランスにイタリア人、ポーランド人、旧植民地の国民が流入した当初は抵抗があった。だが、その期間は15年ほどで、やがて移民は受け入れられる。フランスがうまく移民を吸収するのは、強力な社会統合政策を取ってきたからだ。
 統合の決め手は言語だ。移民が出身国の言語を使える英国や、スペイン語コミュニティーのある米国と違い、フランスでは仏語を話さなければならない。学校教育は仏語で行われ、ほかの言語で意見を表明するのは認められていない。日本でも長期滞在したい移民は日本語を話せるようにならなければならないと思う。
 フランスが仏語教育に力を入れているのは重要な道具でもあるからだ。仏語は世界の2億人の第1言語だ。今後40年間で人口が倍増するアフリカで仏語がハナされ続ければ、2050年には世界の仏語人口は6億人になる。
 今、英語がこれほど重要なのは、インターネットの会員制交流サイト「フェイスブック」や検索エンジン「グーグル」で英語の世界が広がっているからだ。仏語を話す人が増えれば、仏語による遠隔医療・教育が可能になり、仏語のサービス市場も広がる。仏語のサービスが増えれば、もっと仏語が話されるようになるが、反対に、減れば、ますます多くの人が英語に向かう。
 外国人留学生がフランスや日本に着くと、言葉ができないため、家探しで途方に暮れる。どのように入学し、社会保障を受け、図書館を使うのか分からない。彼等を丁重に扱わなければならず、英国や米国はうまく対応している。


 世界で、優秀なサッカー選手の争奪戦が起きているように、優秀な外国人の争奪戦となるだろう。米誌フォーチューンが発表する企業格付け上位500社のうち約半数は外国人が総説した会社だ。活力のある優秀な外国人を引きつけるのは重要で、受け入れの環境を整えなければならない。国外で自国語話者の少ない日本は状況が異なるが、企業経営者には外国人を受け入れている。日本の大企業の経営に携わる外国人にカルロス・ゴーン氏(日産自動車社長)がおり、ティエリー・ポルテ氏(新生銀行元社長)もそうだった。だが、もっと多くの外国人が日本で要職に就くようになる必要がある。
 私は著書「21世紀の歴史」(作品社)で日本の弱点として「日本文化には個人の自由がない」と指摘したが、(横並びを重視する)順応主義がはびこっていることだ。それでは、進取の精神を発揮しなくなる。だが、楽天ユニクロのようなダイナミックな企業は日本の潜在力を示している。日本はバイオテクノロジーナノテクノロジー、情報技術、海洋科学など「未来のテクノロジー」に力点を置くべきだと思う。【構成・宮川裕章】
    −−「時代の風 人口問題と国力=ジャック・アタリ」、『毎日新聞』2012年7月1日(日)付。

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