覚え書:「今週の本棚:藤森照信・評 『ブルーノ・タウト−−日本美を再発見した建築家』=田中辰明・著」、『毎日新聞』2012年07月29日(日)付。



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今週の本棚:藤森照信・評 『ブルーノ・タウト−−日本美を再発見した建築家』=田中辰明・著
 (中公新書・798円)

 ◇大戦間期のジグザグ人生を追う
 帝国ホテルを設計したフランク・ロイド・ライトについて普通の人から、「日本では有名ですが、世界的にはどうなんですか」と聞かれ、驚いた。20世紀の建築家を上から指折れば確実に片手の内には入る。
 ブルーノ・タウトはどうか。両手は難しくても、両手二回の内には入るだろう。そのタウトについては二つの伝説がある。一つはユダヤ人ゆえナチスに追われて来日した。もう一つは桂離宮の美しさを発見した。
 二つとも間違いで、ユダヤ人ではなかったし、桂の一件は、すでに日本の建築家が発見して本にして刊行し、その後タウトが喜ぶだろうと案内し、予想以上に喜んでくれて文を書き、その文を読んだ日本人がタウト発見と誤解した。当時の日本の出版界における建築家の発言力の弱さと、当時の欧米人発言の強さの落差がもたらした誤解だった。
 副題に「日本美を再発見した建築家」とあるが、「再発見」ではなく「追確認」が正しい。
 20世紀建築史におけるタウトのピークは、1910年代のドイツ表現派時代にあり、宇宙や地球のデザインをするわ、世界最初のガラスの家を実現するわ、赤煉瓦(れんが)とモルタル塗りの既存の町並みを原色で塗り替えてしまうわ、アヴァンギャルド建築家として暴れまくる。私としてはこの時期が一番好きだが、こうした普通の人には付いて行きかねる当時の“現代美術的表現”については、最初の一章しか割かない。
 つまり、ピークを意識的に外し、二章以後はもっと社会的広がりのあるタウトに触れてゆく。
 たとえば、1920年代の住宅改良運動のリーダーとしてのタウト。この時期、社会主義の影響を受け、劣悪な中小住宅の改良に力点を移し、表現的には地味だが健康的で使いやすい集合住宅をたくさん手掛け、それらは近年、世界遺産に登録されている。
 こうした社会主義的活動がナチスに睨(にら)まれ、日本の建築家グループの招きに応じ、亡命するようにして1933(昭和8)年、来日したのだった。
 ただし、来日した時には、世界の建築界の先端はタウトよりもう一世代若いグロピウスやル・コルビュジエに移っており、日本の建築界の先端(前川國男丹下健三ら)はタウトにまるで関心を払わなかった。
 そうした不幸の中でのタウトの活動とそれを支えた人々についての記述は充実しており、本書の白眉といえよう。
 私が本書で初めて知ったのは、タウトの女性関係のことだった。夫人として来日したエリカが愛人であったことは聞いていたが、本国に残した本妻と子どもたちのこと、タウト没後のエリカのことに一章分が割かれている。
 最後の章は、1936(昭和11)年に、日本を去り、トルコに渡り、1938(昭和13)年に58歳で没するまでを述べる。近代トルコ建国の父アタチュルク大統領に全面的に信頼され、大学や国会議事堂の仕事を任されながら、途中、過労で病没する。基本設計をタウトが手掛けた球形の住宅などが詳しく書かれ、紹介されている。
 これまでいくつもタウト関係の本は出されているが、普通の人が最初に読むには一番いいだろう。タウトのジグザグ人生を、時代や社会との関係の中で辿(たど)り、10年単位で変わるような20世紀建築についての基礎知識が乏しくても入ってゆけるように書かれている。
    −−「今週の本棚:藤森照信・評 『ブルーノ・タウト−−日本美を再発見した建築家』=田中辰明・著」、『毎日新聞』2012年07月29日(日)付。

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http://mainichi.jp/feature/news/20120729ddm015070017000c.html



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