覚え書:「今週の本棚:白石隆・評 『「Gゼロ」後の世界』=I・ブレマー著」、『毎日新聞』2012年07月29日(日)付。



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今週の本棚:白石隆・評 『「Gゼロ」後の世界』=I・ブレマー著
 (日本経済新聞出版社・2520円)

 ◇リーダーシップなき時代のリスクを展望する
 世界経済における新興国の比重が急速に増している。2003年、世界経済に占める新興国・途上国の比率は13%だった。それが2010年には34%となり、2017年には42%に増加するという。また世界の経済成長に占める新興国・途上国の貢献度は、2010〜2017年には、59%に達すると予測され、そのうち中国が22%、ASEANが6・3%、インドが4・2%、ブラジルが3・6%を占める。つまり、一言でいえば、世界的な富の分布、したがって、力のバランスは急速に、新興国に有利になっている。
 では、これは世界の政治経済にどのような意義をもつのか。今日の世界秩序は、国際連合IMF国際通貨基金)、世界銀行WTO世界貿易機関)など、アメリカ主導のさまざまの制度に支えられている。この秩序はきわめて強靱(きょうじん)で、新興国の台頭によってアメリカの力が相対的に低下しても、大きく崩れることはない。これが一つの考えで、アイケンベリーの『リベラルな秩序か帝国か』(勁草書房)はその好例である。
 本書はそれと対照的な立場を取る。30年前には、アメリカ、西ヨーロッパ、日本が世界経済を動かすエンジンで、G7が世界秩序の中核となっていた。しかし、新興国の台頭でG7はかつての力を失った。一方、中国、インド、ブラジル、トルコのような新興国は、国内になお多くの課題を抱え、世界の政治経済運営に大きな負担を引き受ける意思はない。したがって、G20には期待できない。ではどうなるか。
 これからしばらく世界の誰もグローバル・リーダーシップを引き受けられない時代が来る。それがGゼロの世界である。この時代には、世界は、思いもかけない方向から突然おこる危機に対して、特に脆弱(ぜいじゃく)になる。では、どのようなリスクがありそうか。どう対処すればよいのか。だれが勝者で、だれが敗者になりそうか。またそのあとにはどのような世界が生まれそうか。これが本書の問いである。
 二つ、特におもしろかった点を紹介したい。その一つは、だれが勝者になるかである。著者は国家で勝者になるのは「ピボット国家」だという。Gゼロの世界では、かつてより多くの国が独自のルールでゲームできるようになる。ピボット国家は、そういう中でも特に大きな行動の自由を手に入れる国である。たとえば、ブラジルは世界で最も安全な地域にある。この地域最大の消費者市場をもっている。資源にも恵まれている。アメリカが最大の貿易相手であるが、中国との貿易も急速に拡大している。また、どの国にもあまり依存せず、多くの国々と有益な関係を構築できる。
 もう一つは、Gゼロ後の世界の展望である。著者は、これについて、米中のG2体制、G20が十全に機能する協調体制、アジア、中東、欧州等、地域毎に違う秩序が併存する「地域分裂世界」、米中冷戦、そして秩序が世界各地で崩壊するGマイナスの世界を検討する。ただし、誤解のないよう述べておけば、著者の関心は未来予測にあるのではない。こういうシナリオを考えることで、世界にどのようなリスクがあるかを論じるのが狙いである。
 著者は近年売り出し中の政治リスク・アナリストで、その強みは、現代世界においてどのようなリスクがあるか、それがマクロの政治にどう連動するか、の分析にある。そういうつもりで読むと、サイバー空間、通商、国際標準、水・食料等のリスクを考える上でずいぶん参考になる。(北沢格訳)
    −−「今週の本棚:白石隆・評 『「Gゼロ」後の世界』=I・ブレマー著」、『毎日新聞』2012年07月29日(日)付。

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