覚え書:「くらしの明日 私の社会保障論 『無縁』想定した備えを急げ=湯浅誠」、『毎日新聞』2012年8月3日(金)付。




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くらしの明日 私の社会保障
「無縁」想定した備えを急げ=湯浅誠 反貧困ネットワーク事務局長

「三縁」が支える幸福度トップの福井県
 先日、福井に行ってきた。福井県は法政大学の幸福度調査で全国一に輝いた。背景には3世代同居率の高さ、共働きの夫婦の多さ、中小企業の集積、正社員率の高さ、持ち家率の高さ、学力の高さ、県民の勤勉さなどがある、という。
 自分の両親と一緒、または近接した暮らしによって、子どもの面倒をみてもらうことができ、それが共働きを可能にする。職住接近で、実家から会社に通うことができる。大企業はないが中小企業が多く、会社共同体が残っているので正社員率が高い。世帯主の収入は高くないが、世帯全体での収入は高い。だから自分の家を持つことができ、出生率も高い。子どもの教育も保障できる。
 どことなく「三丁目の夕日」的郷愁が漂う。福井県の人は「周回遅れのトップランナーのようなところがある」と言っていた。高度経済成長やグローバル化から取り残されていたからこそ、家族共同体(血縁)、地域共同体(地縁)、会社共同体(社縁)が今でも残っている。それは「無縁化」に苦しんでいる都市部からは、うらやましく見える。
 高度経済成長だ、グローバル化だ、と前へ前へと進んでいたら、負の側面がいろいろ出てきた。人口減少、生産年齢人口減少によって走る向きを逆転させてみると、前の者が後に、後の者が前になる。前近代的、古臭いと言って切り捨ててきた側面が見直される。福井の前には、政府が「国民総幸福量」を重視した政策を行う国、ブータンがいる。
 しかし、時計の針は戻らない。「いいものを守りながら、いかに対処していくか」が課題だと、福井県の人たちは当然理解している。グローバル化の進展による競争激化は、社縁の維持を困難にする。若年層の県外流出や高齢化は、家族介護の負担増など血縁のメリットをデメリットに変えるかもしれない。


 必要なことは、三つの縁が健在なうちに、それらを補完する社会的機能を育てておくことだろう。3世代同居の良さを守りながら、同時に子育て・介護の社会化を進める。正社員率が高いうちに非正規の待遇改善を進める。地域コミュニティーがまだ元気なうちに、NPOなどの雄志の縁を育てる。
 これは極めて困難なことだ。「縁」があるうちに「無縁」を想定して備える。それを地域全体の課題として合意形成する。現状が前提になっている多くの人たちの理解を得るのは、まさに「言うはやすし」の世界だ。少なくとも、日本社会全体としてはできなかった。ここに、日本社会の今の苦しみがある。
 福井は母方の故郷だ。ぜひ、課題先進国・日本のトップランナーになっていただきたい。

ことば・幸福度調査 法政大学大学院政策創造研究科が昨年、47都道府県を▽生活・家族▽労働・企業▽安全・安心▽医療・健康−−4部門40指標について評価した。トップ3は福井、富山、石川。ワースト3は大阪、高知、兵庫だった。一方、経済協力開発機構OECD)が今年公表した加盟国など36カ国の幸福度調査では、日本は21位。「教育」や「安全」の項目で順位が高かったが、「仕事と生活の調和」や「生活満足度」の評価が低かった。
    −−「くらしの明日 私の社会保障論 『無縁』想定した備えを急げ=湯浅誠」、『毎日新聞』2012年8月3日(金)付。

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47都道府県幸福度ランキング(法政大学)
pdf → http://www.hosei.ac.jp/documents/koho/photo/2011/11/20111110.pdf
 








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