「自分と反対の考え方に対する理解力、それによって自分自身の考え方を練っていく」積極的アマノジャク



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 つまり、福沢のシンパシーは明らかにミルの『自由論』にあるわけです。けれども、ミルの『自由論』と反対の立場からの説を述べようと思ったら、いつでも述べられる。これもつまり役割交換です。自分と反対の考え方に対する理解力、それによって自分自身の考え方を練っていくということです。さっき言った惑溺、自家中毒に対する一つの処方にもなるわけです。
 こういうふうに考えてきますと、さっき言いました通り、惑溺からの解放という立場に立つならば、自分ないし自分の所属するコミュニティ(これは村であろうと、団体であろうと、国家であろうと、なんでもいい、自分が所属するコミュニティ)において蔓延している思考とか、感情とか、行動の傾向、その自然の傾向性というのは特別に強調する必要はないということです。放っておいても、なんとなくみんながそういう考えになるわけです。周囲とイメージを共有していますから、だいたいそういう方向になる。
 もし、伝統ということが、これまでの思考の習慣ということだけだったら、それはとくに強調しなくてもいいことになる。放っておいても自ずからそうなるわけですから。むしろ、それに寄りかかるほうが安易になる。そういう態度からは異質的なものと積極的に接触するファイトは生まれてこない。むしろ自家中毒が起こりやすい。つまり惑溺が起こりやすい。思い込みによるナルシシズムがそこから生まれる。
 そうでなくて、逆に自分のなかに、あるいは自分の属している集団のなかに、見出せないか、あるいは不足している思考法ないし価値、それを強調しなければいけない。独立、インデペンデンスということを言おうと思ったら、自ずからそういうことになります。
    −−丸山眞男福沢諭吉の人と思想」、松沢弘陽編『福沢諭吉の哲学 他六篇』岩波文庫、2001年、198−199頁。

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丸山眞男は、「アマノジャク」と評されることが多いのですが、これは本人が認めているフシもあるのですが、大いなる誤解でもあるかと思います。

アマノジャクとは、「人の言うことやすることにわざと逆らうひねくれ者」とか「つむじまがり」の意味です。

確かに「人の言うことやすること」に対して終生をかけて、「それは、果たして妥当するのかどうか」確認する人間であったという意味では、丸山眞男は、「素直」ではなく「ひねくれ者」だったかもしれません。

しかし「わざと逆らう」、「批判するために批判する」という意味でのそれではありませんので、そこに関しては慎重になるべきでしょう。

丸山は東大助手に就任するや否や、本来はヨーロッパ政治思想史の研究が希望でしたが、時節柄、南原繁の指導で、日本政治思想史の研究に従事するようになります。そこで取り組む課題のひとりが、福沢諭吉です。

思えば、福沢諭吉にも丸山に見られるような「アマノジャク」評がありますが、丸山は福沢諭吉と格闘することで、その柔軟な知性、何かに惑溺しない生き方、自家中毒を避ける術というのを学び、「アマノジャク」になっていく。

しかし、先に言及したとおりそれは単なる「ひねくれ者」の謂いではなく、精確にいえば「自分と反対の考え方に対する理解力、それによって自分自身の考え方を練っていく」という方向性のことです。そして、丸山は、同調同圧がひとつの沸点に達した「総動員社会」という戦中において、その重要性を学び、血肉化していった。

人間は本来複数のアイデンティティに交差して生きております。しかし時と場合によって、一点を強調してその自存を保つことがあるのですが、一点を無自覚に強調してしまうと、それはアマルティア・センのいう「想像力」の欠如した暴力にもなってしまう。

その意味では、丸山の「逆に自分のなかに、あるいは自分の属している集団のなかに、見出せないか、あるいは不足している思考法ないし価値、それを強調しなければいけない」流儀、言葉をかえれば、積極的な「アマノジャク」的確認が、今日ほど必要な時代はないのかも知れませんね。







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